馬鹿(ダム)マネー 金融危機の正体
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ダニエル・グロス 著
池村千秋 著
- 書籍:定価1047円(本体952円)
- 四六判・並製/216ページ
- ISBN978-4-484-09112-9
- 2009.09発行
結局、リーマン・ショックはなぜ起こったのか? 理解のカギとなるのは、マネーカルチャーの変遷。なかでも、アメリカを狂わせた「ダムマネー」の時代だ。エコノミストには書けない“愚かな10年”とは――。
内容
あれから1年――
結局、「リーマン・ショック」はなぜ起こったのか?
資本主義やグローバリゼーションの限界といった制度の欠陥でもなく、
政策担当者や金融界の大物といった特定の個人の失敗でもなく、
アメリカ全体に蔓延した「マネーカルチャー」こそが、最大の原因。
マネーをめぐる思考様式に問題があったからこそ、バブルは今後も繰り返される――。
エコノミストや学者ではなく、ジャーナリストの視点から
米誌Newsweekの看板記者・コラムニストである著者が金融危機を分析。
アメリカを狂わせたマネーカルチャーを「馬鹿(ダム)マネー」と名づけ、
リーマン・ショックまでの“愚かな10年”を浮かび上がらせました。
本書について
日本語版への序文
2001年9月11日の出来事は、一つの時代に終止符を打ったとよく言われる。確かに、国際政治の面では、アメリカの中枢を襲った9・11テロを機にすべてが変わった。
では、経済の面ではどうか。実は、大きな変化は起きなかった。ニューヨークの金融産業とグローバル資本主義の心臓部に対する攻撃という意味で、マンハッタンの双子の高層ビルが崩壊したことの象徴的な意味は大きかった。しかし、その後、ニューヨークと世界経済は目覚ましい回復力を発揮。すぐに、何事もなかったかのように好景気が戻ってきた。
経済と金融への影響という面で9・11以上に重要な日付は、「9・15」かもしれない。
2008年9月15日の朝、アメリカの金融システムという建物の外壁がほぼ崩れ落ちた。全米第4位の投資銀行リーマン・ブラザーズが、6000億ドルを超す負債を抱えて破産申請したのである。
この瞬間、恐怖の連鎖反応の引き金が引かれた。庶民の資産の安全な投資先だったマネー・マーケット・ファンド(MMF)が破綻の危機に追い込まれ、企業活動に欠かせない血液であるコマーシャルペーパー(無担保の短期の約束手形)の市場が機能麻痺に陥った。金融機関はことごとく、資金調達に苦しみはじめた。
この出来事を境に、すべてが変わった。
アメリカの連邦政府は、世界有数の巨大金融機関であるシティグループとバンク・オブ・アメリカに巨額の資本注入を行った。自動車大手のゼネラル・モーターズ(GM)とクライスラーは、政府の支援のもと破産を申請した。2009年2月には、議会が総額7870億ドルの景気対策法を可決した。
2009年の春から夏にかけては、「08年大恐慌」の後遺症にどう対処すべきかが、ワシントンで活発に議論されるようになった。議会はウォール街の金融機関の給料の額を制限すべきなのか? 金融システムには新しい監督機関が必要なのか? 金融機関は住宅ローンの条件見直しを行うべきなのか?
9・15の激震は、実に多くの変化をもたらした。瞬く間に、巨大投資銀行の時代が終わりを迎えた。ウォール街とワシントンの力関係が180度変わり、議会とFRB(連邦準備理事会)が主導権を握った。
9・15のもう一つの大きな影響は、これをきっかけに危機が世界に拡大したことだ。この日までは、金融危機を一握りの愚かなアメリカ人の問題と片付けていればよかった。2008年1月にスイスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)では、サブプライムローン危機を他人事のように考えるインドや中国、ヨーロッパの企業幹部や政府関係者が少なからずいた。だが、そうした思い込みも、9・15で崩れ落ちた。
アメリカにとって、リーマン・ブラザーズの破綻は危機収束への一歩だったが、世界の多くの国にとっては危機の始まりだった。世界の金融市場が、きりもみ降下を始めた。世界中で投資家がリスクの高い投資や市場から逃げ出しはじめた。ある朝、世界が目を覚ますと、それまで好景気を生み出していた「金余りの時代」が「金不足の時代」に変わっていたと言ってもいいだろう。
しかし、9・15が世界に与えた影響を私が本当に理解したのは、2009年夏に日本を訪れたときだ。財界人やジャーナリスト、政治家が口々に「リーマン・ショック」という言葉を口にするのを聞いて、私は驚いた。破綻した企業はリーマン・ブラザーズだけではないし、リーマン破綻が日本に直接及ぼした影響は小さい。アメリカでは、政府による大規模な救済の対象となった保険大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)や住宅金融のファニーメイ(連邦住宅抵当公社)とフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)の破綻のほうが、重大問題と考えられている。
日本経済が直面する苦境を知るにつれて、納得がいった。9・15は一つのアメリカ企業の終焉を意味するだけでなく、グローバル経済の一つの時代の終焉を意味したのだ。
事実、9・15以後、世界では「脱グローバル化」の動きが始まった。ドイツや日本など、輸出に大きく依存していた国は貿易の停滞により大きな打撃を受けた。航空会社の旅客数、貨物の海上輸送の量、対外直接投資の金額など、経済のグローバル化にともない増加してきた数字は、ことごとく減少に転じた。保護貿易主義が頭をもたげはじめた。世界経済は第二次大戦後初めて、マイナス成長を記録した。
9・11テロと同じように、この出来事がもたらした痛みも時間がたてば薄らいでいく。しかし、経済がすぐに元どおりになると考えるのは甘い。損失の額、政府による介入の規模、金融システムを揺さぶった衝撃の激しさはあまりに大きい。私たちは、まだしばらく「リーマン・ショック」の後遺症に苦しめられ続けるだろう。
このささやかな本では、そのすべてがどうして起きたのかを解き明かしていきたい。カギとなるのは、この10年のマネーカルチャーの変遷。なかでも、アメリカを、ひいては世界経済を狂わせた「馬鹿(ダム)マネー」の時代だ。
2009年夏、コネティカット州ウェストポート
ダニエル・グロス
目次
日本語版への序文
Chapter 1 なぜ、こんな馬鹿なことに?
グリーンスパンは間違っていた
パーフェクト・ストームの到来
過去10年のマネーカルチャーの変遷
バブルを膨らませた「影の銀行」
全員が妄想に取りつかれていた
Chapter 2 チープマネーの時代
歴史的な低金利が続いた二つの理由
フラットワールド経済学が唱えた理屈
アメリカ人の過剰消費は慈善行為?
ファニーメイとフレディマックの本当の罪
「大量破壊兵器」デリバティブ
Chapter 3 チープマネー経済
9・11テロ直後の金利0%ローン
住宅産業が景気回復を牽引
マイホームが「金の鉱脈」に
政府も低金利の恩恵に浴した
四つの柱が崩れないかぎり問題ない
Chapter 4 馬鹿(ダム)マネーの時代
新種の奇怪な住宅ローンが登場
常軌を逸したサブプライム・カルチャー
もうそろそろヤバイという時期
あふれ出す「皮算用病」の重症患者
スマートマネーも自己売買に進出
第二・第三の柱にヒビが入りはじめた
Chapter 5 もっと馬鹿(ダマー)マネーの時代
住宅ローン債権の争奪戦が激化
CDOとCDSという保険
証券化テクノロジーがハリウッド進出
甘い住宅ローンの企業融資版「PIK債」
大手の金融機関も踊り続けた
「退屈なくらい平穏」な見通し
Chapter 6 ヘッジファンド国家
ヘッジファンドのビジネスモデル
ニューヨークの社交界が一変した
未公開株投資のルールも変わる
まるで他業種の「救世主」のごとく
ヘッジファンド流行の終わりの始まり
Chapter 7 剥がれていく化けの皮
危機の封じ込めに成功した?
エコノミストに経済を予測する力はない
グリーンスパン、ポールソンの化けの皮
あらゆる種類の債務の延滞率が上昇
08年1月、ダボス会議の「幸せな」面々
Chapter 8 逆回転する時代の歯車
ベアー・スターンズが救済された理由
バズーカ砲では救えなかった政府系2社
リーマン破綻で一つの時代が終わる
場当たり的なブッシュ政権の対応
ヘッジファンド、未公開株投資ファンドの死
そしてダムマネーの時代が終わった
おわりに
バブルの発生は誰にも防げない
これから必要なこと、大事なこと
訳者あとがき
著者
ダニエル・グロス(Daniel Gross)
アメリカのニュース週刊誌「ニューズウィーク」の経済エディター兼ビジネス・コラムニスト。現在アメリカで最も信頼され、精力的に執筆しているビジネスライターの1人であり、テレビのコメンテーターとしても活躍している。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストなどを経て現職。著書にPop! Why Bubbles Are Great for the Economy、Bull Run: Wall Street, the Democrats, and the New Politics of Personal Finance、『創業伝説ーービジネスを「創った」勇気ある男達』(日経BP社)など。
訳者
池村千秋(いけむら・ちあき)
翻訳者。訳書に『46年目の光――視力を取り戻した男の奇跡の人生』(エヌティティ出版)、『交渉は「ノー!」から始めよ――狡猾なトラに食われないための33の鉄則』(ダイヤモンド社)、『常識の壁をこえて――こころのフレームを変えるマーケティング哲学』『ブッシュには、もううんざり!』『鉄則!企画書は「1枚」にまとめよ』(以上、阪急コミュニケーションズ)などがある。