在日中国人33人の それでも私たちが日本を好きな理由

それでも私たちが日本を好きな理由
趙海成 著

小林さゆり 著

  • 書籍:定価1980円(本体1,800円)
  • 電子書籍:定価1584円(本体1,440円)
  • A5判・並製/272ページ
  • ISBN978-4-484-15204-2 C0030
  • 2015.03発行

大学教授から画家、ジャーナリスト、自治体職員、医師、保育園や不動産会社の経営者、不法滞在の料理人まで。日本に住む中国人は、約70万人――。過去最悪ともいわれる日中関係のなか、彼らはどう生き、何を思うのか。中国人著者が聞き出す本音の日本論!

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内容

大学教授から画家、ジャーナリスト、自治体職員、医師、
保育園や不動産会社の経営者、不法滞在の料理人まで。

日本に住む中国人は、約70万人――。
過去最悪ともいわれる日中関係のなか、
彼らはどう生き、何を思うのか。

中国人著者が聞き出す本音の日本論!

反日デモ、サンゴ密漁、そして新刊「反中・嫌中本」……。
関係悪化のムードが蔓延する一方で、
日本で学び、働き、暮らしている中国人が大勢いる。

しかし私たちは、すぐ隣にいる彼らのことを、
一体どれほど知っているだろうか。

日本への思い、故国への思い、狭間に生きる葛藤。
在日中国人たちのライフストーリーから、見えてくる世界がある。

まえがき

日中国交正常化40周年を迎えた2012年の秋、尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権をめぐって、中国で過去最大規模の抗議デモが起こりました。日中関係は、とりわけ政治外交面で対立が深まり、「正常化以来、最悪」といわれる膠着状態に陥っています。

そうした中で「反日デモ」の激化から1年となる2013年秋、現地に住み続ける日本人たちがその目で見た中国の姿、中国人の本音をリアルにつづった証言集『在中日本人108人の それでも私たちが中国に住む理由』(在中日本人108人プロジェクト編)が阪急コミュニケーションズ、現在のCCCメディアハウスから出版され、発行部数を重ねて好評を博しました。

日本の書店では近年、いわゆる「反中・嫌中」本が出回っていますが、そのどちらにも当てはまらない証言集が異例のヒットを飛ばしたのです。それはつまり裏を返せば、反中・嫌中スタンスだけではない、中国への別の向き合い方、中国人とのほかのつきあい方を模索する日本人が、実は多くいるのではないか。膠着状態に陥っている日中関係をなんとかしたいと思う人が、ある程度いるのではないか。同書の共編者の1人であり、反日デモをはさんで中国・北京に13年近く住んだ私は、そんなことを深く考えさせられました。

本書『在日中国人33人の それでも私たちが日本を好きな理由』は、前述の『それでも私たちが中国に住む理由』と対になる本として生まれました。

著者は、趙海成(チャオ・ハイチェン)さん。北京出身の男性で、中国の改革開放後の80年代に、現地で巻き起こった外国留学ブームにのって日本に留学。1988年に当時としては初の在日中国人向け中国語新聞『留学生新聞』を立ち上げ、初代編集長を10年間務められました。現在は北京を拠点に日中間を行き来しながら、フリーのライター、カメラマンとして幅広く活躍されています。

本書はそんなベテランジャーナリスト、趙海成さんが数年がかりで取材した在日中国人たちのインタビュー集です。趙さん自身、来日して30年になりますが、主な取材対象はいずれも在日15年以上で日本をよく知る著名な中国人たちです(2015年時点、すでに日本を離れた人を含む)。

描かれたのは、1台のビデオカメラから在日中国人留学生の姿を追うドキュメンタリー制作をスタートし、やがて日中間で大ヒットさせた、現在は放送事業を手がける有能な女性社長。「歌舞伎町案内人」の異名を持ち、世界有数の歓楽街で30年近く生き抜いてきた著名男性。夫との不和や育児ストレスから自殺まで考えたが思い直し、現在はそんなつらい体験から“ママたちにやさしい”保育園を経営する頑張り屋の女性。不運にも日本で不法就労せざるを得なかったが、やがて娘を医者に育て上げ、現在はニューヨークに住む努力家の男性料理人などなど……。

それこそ十人十色、千差万別のライフストーリーの数々です。それぞれの経験に裏打ちされた、本音の日本論も飛び出します。

いずれも波瀾万丈の人生ですし、聖人君子ばかりでもありません。もちろんその考え方の中に、日本人にはすんなり納得できないものもあるでしょう。

けれどもどの人物からもうかがえるのは、異郷にあってどんな不遇にみまわれたとしても決してあきらめることのない不屈の精神、旺盛なチャレンジ精神、あくなき向上心、そしてそれらを支えるかのようなマイペースな楽観主義(プラス志向)です。

それはいま、経済の低迷などにより増えているといわれる「内向き」志向の日本人に、強いインパクトを与える開拓者精神ではないか、そこからいまの日本人の参考になり得る、また違った生き方が見えてくるのではないか、とすら思えるのです。

日本には現在、在日外国人ではトップを占める約70万人もの中国人が滞在し(法務省2014年6月統計、台湾を除く)、中華圏、とりわけ中国からの訪日観光客もうなぎ上りに増えています。東京あたりでは、繁華街や電車の中から中国語がよく聞こえてきますし、レストランや居酒屋でアルバイトをする中国人留学生をたびたび見かけることがあります。

私たちの身近なところに、あるいはすぐ隣に中国からやってきた人たちがいるのに、彼らとふつうの日本人との交流はさほどないのが現状でしょう。それぞれが、なぜ日本に来たのか、どんな生活を送っているか、日本でどんな苦労をして、それを乗り越えてきたか。もちろん千差万別ですが、その一端がうかがえる記録としても本書はまとめられました。

趙海成さんが取材対象それぞれに深く、鋭く、切り込んでいますが、それができたのは趙さんが彼らと同じ中国人であったことはもちろん、自身も日本で苦学して、苦難や悲しみを乗り越えてきた、その共感あってこそのものでしょう。『留学生新聞』編集長のころから人脈が広く、信望の厚い彼だからこそ取材できた人々ですし、彼だからこそ著すことのできた本だと思います。

蛇足ながら、私は『それでも私たちが中国に住む理由』の共編者の1人であったことから、趙海成さんの出版企画書を翻訳するチャンスに恵まれ、編集部に強く推薦したものです。企画が通り、編集部から翻訳を依頼されたことも、思えば『それでも私たちが中国に住む理由』とのご縁があったからでした。

翻訳に際しては、多くの方々にたいへんお世話になりました。とりわけ、作業が遅れがちだった私を励まし、一貫して丁寧な仕事をされた編集部の森田優介さん、たびたびにわたり翻訳への的確で貴重なアドバイスをくださった趙海成さんには、心より感謝を申し上げます。

また趙さんは「翻訳者が第一の読者だから」と、私に「まえがき」を書くことを勧めてくださいました。ふつう翻訳者は裏方であるはずですが、ありがたいお申し出を光栄に思い、僭越ながら引き受けさせていただきました。

「日中関係は最悪だ」といわれるこのごろですが、「それでも私たちは日本が好きだ」と日本にかかわる多くの中国人がいる。こうした時こそ、自分の身近にいる中国人が何を思い、どう生きているのか、そのライフストーリーに耳を傾け、本音の日本観に目を向けてみてはいかがでしょう。

本書を通じて、隣人である中国の人々との新しい接点が生まれるかもしれません。

2015年2月、東京にて
小林さゆり

目次

まえがき 小林さゆり

◆ 第1章 異国の地で生き抜く

映像の力で伝えたい! 28歳からの異国での挑戦
張麗玲(チャン・リーリ) 株式会社大富社長

Column 私の好きな日本の言葉

世界有数の歓楽街で生き抜いてきた27年
李小牧(リー・シャム) 歌舞伎町案内人

Column 私の好きな日本の歌

ママたちの不安を知る型破りな保育園経営者
応暁雍(イン・シャオヨン) 株式会社愛嬰代表取締役

44歳で来日し、日本で中医学の第一人者に
何仲涛(ホー・チョンタオ) 徐福中医研究所所長

禅寺で苦学し、NHKで才覚を表す
錢行(チェン・シン) NHKディレクター

日本のステージで光り輝く人生を送る
顔安(イエン・アン) 舞踊家

苦節15年の不法就労、娘を医者に育て上げる
丁尚彪(ティン・シャンビャオ) 料理人

◆ 第2章 国の同胞に伝えたい

日本報道の最前線で奮闘する日々
李淼(リー・ミャオ) フェニックステレビ東京支局長

日本について伝えることがライフワークになった
毛丹青(マオ・タンチン) 日中バイリンガル作家

Column 私の好きな日本の料理

「七田式教育」で中国の幼児教育を変える
馬思延(マー・スーイエン) 七田眞国際教育CEO

同胞の部屋探しを助け、日本で「真」を知る
潘宏程(パン・ホンチェン) 東拓株式会社社長

道理を学びながら、日本で大成した肖像画家
張強(チャン・チアン) 画家

Column 私の好きな日本の地方

日本への留学が伝統回帰を教えてくれた
崔愛玲(ツォイ・アイリン) 天真集団CEO

女性と子どもにとって日本は最高の国
唐辛子(タン・シンズ) 作家

Column 訪日大学生が見た日本

◆ 第3章 日中の懸け橋になる

日本最古の学校で『論語』に夢中になる
孔佩群(コン・ペイチュン) 足利学校職員

中日「歴史対話」に情熱を捧げる
丁寧(ティン・ニン) 「日中市民共同声明」発起人

日本人と結婚し、両国をつないできた
潘慶林(パン・チンリン) 中国人民政協全国委員会委員

中日関係のために促進する留学生と市民の交流
劉迪(リュウ・ディー) 杏林大学総合政策学部教授

記者交換で日本赴任、私が体験した中日交流
劉徳有(リュウ・ドゥヨウ) 元中国文化部副部長

日本人に中国語を教えるというすばらしい仕事
胡興智(フー・シンジー) 日中学院中国語講師

ピアニストの日本人妻と中日友好の橋をかける
盛中国(シェン・チョングオ) バイオリニスト

Column 在日新華僑・華人の歴史

あとがき 趙海成

略歴

[著者]
趙海成(チャオ・ハイチェン)

1955 年、中国・北京出身。82 年に北京対外貿易学院(現在の対外経済貿易大学)日本語学科を卒業。85年に来日し、日本大学芸術学部でテレビを専攻。88年には初の在日中国人向け中国語新聞『留学生新聞』の創刊に携わり、初代編集長を10年間務める。95 年、10 カ国の在日外国人向け外国語媒体を束ねる「外国人情報誌連合会」代表に就任。99年、中国情報を発信する日本の衛星放送事業者、大富(CCTV 大富)の宣伝部長に。また同じく99 年には、外国人にかかわる諸問題について都知事に意見を述べる「外国人都民会議委員」に東京都より選出される。2000 年、日中合作ドキュメンタリー『シルクロード』の制作に参加。2002 年に中国に帰国し、以後は日中を行き来しながらフリーのライター/カメラマンとして活躍している。

[訳者]
小林さゆり(こばやし・さゆり)

フリーランスライター、翻訳者。長野県生まれ。2000 年から5 年間、中国・北京の『人民中国』雑誌社に勤めたのち、フリーランスに。北京に約13年間滞在し、2013年に帰国。中国の社会・文化事情などについて日本の各種メディアに執筆している。訳書に『これが日本人だ!』(バジリコ)、著書に『物語北京』(中国・五洲伝播出版社、日中英3 カ国語版)、共編書に『在中日本人108 人の それでも私たちが中国に住む理由』(CCC メディアハウス)がある。

●装丁/熊澤正人+尾形 忍(POWERHOUSE)
●校正/竹内輝夫

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