ウォートン・スクール ゲーミフィケーション集中講義

ウォートン・スクール ゲーミフィケーション集中講義
ケビン・ワーバック/ダン・ハンター 共著

三ツ松 新 著

渡部典子 著

  • 書籍:定価1760円(本体1,600円)
  • 電子書籍:定価1408円(本体1,280円)
  • 四六判・並製/240ページ
  • ISBN978-4-484-13124-5 C0030
  • 2013.11発行

人を動かし、ビジネスに革命をもたらす「ゲームの力」を、あなたは本当に理解しているだろうか? 名門ペンシルベニア大学ウォートン・スクールで世界初の「ゲーミフィケーションコース」を担当する著者たちが、理論から実践までを徹底解説。

書籍

Amazon 7net 楽天BOOKS

電子書籍

Amazon kindle 楽天kobo ibookstore honto readerstore 紀伊國屋書店 booklive

内容

人を動かし、ビジネスに革命をもたらす≪ゲームの力≫を、
あなたは本当に理解しているだろうか?

名門ペンシルベニア大学ウォートン・スクールで世界初の
「ゲーミフィケーションコース」を担当する著者たちが、
「ゲーミフィケーション」の理論から実践までを徹底解説。

私たち人類は何千年もの間、楽しさという驚異的な精神力を引き出す
「ゲーム」なるものを創り出してきた。出来の良いゲームは、
モチベーションという人間心理の誘導ミサイルとなる。
ゲームが教えてくれる教訓を使えば、ビジネスに革命をもたらす可能性もある。
――本文より

ゲーミフィケーション(gamification)とは?
「非ゲーム的文脈でゲーム要素やゲームデザイン技術を用いること」。
楽しさという自然なモチベーションが行動を生む。
しかしそれは、つまらない作業をやらせるための手段ではない。
意思の力だけではかなわない原動力を人に与える。

うまくデザインされたゲーミフィケーションを使えば……
▼バグ探しという死ぬほど退屈な作業に、無報酬にもかかわらず、
 世界中のマイクロソフト社員が夢中になる
▼ユーザーは、ずっとナイキのランニングシューズを買い続ける
▼エスカレーターがあっても、ほとんどの人が階段を使うようになる
▼テレビドラマのHPへのアクセスが30%増、通販の売上は50%増、
 番組の内容に関するフェイスブックの投稿は4000万人にリーチ
▼1400万トン以上の二酸化炭素排出量の削減、2500万ガロンの節水、
 200万ポンドのゴミのリサイクル、600万キロワット時の節電を実現

今日のオンラインやソーシャルメディアがそうであるように、
2、3年のうちに、ゲーミフィケーションを全く考慮していない営業計画や
マーケティング計画でお茶を濁そうとする経営幹部がいたら、
驚くようになるかもしれない。――「まとめ」より

目次

監訳者まえがき――「遊び力」
なぜビジネスを楽しくできないのか?
 
Level. o1  ゲームを始めよう――ゲーミフィケーションの基本概念
◆ビジネス課題の解決につながる手法
内部ゲーミフィケーション/外部ゲーミフィケーション/行動変容ゲーミフィケーション
◆そもそもゲーミフィケーションとは何か
ゲーム要素/ゲームデザイン技術/非ゲーム的文脈
◆真面目な仕事にゲームが役立つ3つの理由
関与/実験/結果
 
Level. o2  ゲームシンキング――ゲームデザイナーの考え方を学ぶ
◆ゲームの魅力
◆ゲームシンキングとは何か
◆自社のビジネスに適しているかを見る4つのポイント
モチベーション/意味のある選択肢/構造/対立の可能性/4つの問いを統合する
 
Level. o3  なぜゲームが有効なのか――モチベーションの原則を知る
◆何が人々を動かすのか
◆モチベーションの原則
◆ゲーミフィケーションの教訓
報酬は楽しさを締め出す恐れがある/退屈なことに打ち込める/フィードバックを調整する/モチベーションの性質は変わる/ゲーミフィケーションを悪用しない
 
Level. o4  ゲーミフィケーションのツールキット――ゲーム要素を理解する
◆PBLの3要素
ポイント(P)/バッジ(B)/リーダーボード(L)/PBLは出発点である
◆ゲーム要素のピラミッド
ダイナミクス/メカニクス/コンポーネント/ゲーム要素を統合する/ゲーム要素は「骨と筋肉」
 
Level. o5  ゲームをデザインする――ゲーミフィケーションへの6つのステップ
◆1・ビジネス目標を定義する
◆2・対象とする行動を具体的に考える
◆3・プレーヤーを細かく設定する
◆4・アクティビティサイクルを作る
エンゲージメントループ/進捗ステップ
◆5・楽しさを忘れない!
◆6・適切なツールを活用する
◆実験から学ぶ
 
Level. o6  エピック・フェイル(大失敗)――失敗やリスクを避けるには
◆ポインティフィケーションの罠
◆法的リスクを回避するために
プライバシー/知的財産権/バーチャル資産の財産権/懸賞とギャンブル/不正行為/広告規制/労働者保護/報酬を伴う投稿/仮想通貨の規制/今後の注意点
◆搾取の仕組みとなる危険性
◆ユーザーがゲームを操るとき
 
Endgame まとめ
 
謝 辞
用語集
参考資料

なぜビジネスを楽しくできないのか?

 ある投資銀行マンが、他行に転職することを伝えるため、上司の部屋に向かっている。この5年間、確かに高額のサラリーをもらってきたが、どの銀行も似たり寄ったりではないか、と思いながら。


 あるコールセンタースタッフは、抑えた口調でコンピュータ画面の説明を読んでいくが、顧客はなかなか電話を切ってくれない。その日の電話件数のノルマから大きく遅れてしまえば、5分間のトイレ休憩すらとれないかもしれないと、気もそぞろになってくる。

 ある母親は、スーパーマーケットでショッピングカートを押しているが、チャイルドシートにいる幼い子供がバタバタ暴れて言うことをきかない。母親は慌てて棚の商品をつかむが、たいていよく考えずに最も安いものを選んでいる。
 他のことに気をとられる、やる気を失う、無力感、疎外感……。それが従業員や顧客の常態であり、今後もそうなのだろうか?


 ここで別のシナリオを想像してみよう。その投資銀行マンは、所属するディーリングチームが社内トップに輝き、ステータスがぐんと高まった。コールセンターのスタッフは、顧客を混乱状態から救い出し、社長からも褒められて、悪くない気分だ。イライラしていた母親は、隣のシリアルを選べば、オンラインコミュニティサイトで次のレベルに進めるだけのポイントを獲得することに気づいて、純粋に嬉しくなる。

 最初のシナリオでも、人々はそれなりに効果的に自分の仕事をこなしている。企業の経営陣にしてみれば、おそらく、リーダーは血も涙もないほど厳しく、従業員は優秀だが入れ替え可能で、顧客は何も考えずに買ってくれればよいのだろう。しかし、そうやって短期的な要因のみに目を向けていると、手に入るのはせいぜい短期的な恩恵にすぎない。長期的コストはむしろ大きく膨らんでいく恐れがある。最初のシナリオでは、人々は仕事に打ち込んでおらず、やっているそぶりをしているだけだ。そうした人々が働いている企業が、次の大きなイノベーションや口コミを呼ぶヒット商品を生み出したり、ビジョナリーのCEOが生まれたりするとは想像しにくい。しかも、心から楽しんでいるように見える人はひとりもいないのだ。

 ところで、楽しさはビジネスと関係があるのだろうか。

 実は大いに関係がある。私たち人類は何千年もの間、楽しさという驚異的な精神力を引き出す「ゲーム」なるものを創り出してきた。出来の良いゲームは、モチベーションという人間心理の誘導ミサイルとなる。ゲームが教えてくれる教訓を使えば、ビジネスに革命をもたらす可能性もあるのだ。

 この本では、マーケティング、生産性向上、イノベーション、顧客関与、人的資源管理、持続可能性など、ビジネスで真摯に追求されている事柄に対して、楽しさが非常に有益なツールになることを前提としている。ただし、束の間の喜びとしての楽しさではなく、うまくデザイン(設計)されたゲームでの幅広い相互作用から生まれる、心の底から味わう楽しさを対象としている。

 ゲームにのめり込んでいるときを思い出してほしい。ある人にとって、それはゴルフかもしれないし、チェスやスクラブル(英単語を作るボードゲーム)かもしれない。別の人にとって、オンラインゲームの「ファームビル(FarmVille)」や「ワールド オブ ウォークラフト(World of Warcraft)」かもしれない。それと同じ達成感やフローの状態(完全に集中し没頭している状態)を仕事でも味わい、顧客や会社とのやりとりに熱中し、やりがいを感じたくはないだろうか。

 従業員、コミュニティ、顧客が深く関与している組織の業績は、真のモチベーションを引き出せない組織の業績を上回る。特に、グローバル競争が行われ、テクノロジーの発達で参入障壁が大幅に縮小した世界ではそうだ。関与は競争優位につながる。そして、それを達成する手段が、ゲームデザインのテクニックなのである。

 ゲームには人類の文明と同じくらい長い歴史がある。テレビゲームでさえ40年の歴史があり、毎年700億ドルを生み出す大規模なグローバル産業となっている。地球のあらゆる地域に住む何億もの人々が毎月、ゲーム機、パソコン、オンライン、モバイル機器を使って膨大な時間をゲームに費やしている。ゲームは世代、性別、年齢を問わず人気があるが、特に浸透しているのが現在、就職期にさしかかった世代だ。

 そこで、こんな質問から始めてみたい。リバース・エンジニアリングによってゲームの効果が増し、それをビジネス環境に移転できるとしたら、どうだろうか。これは「ゲーミフィケーション」と呼ばれる新しいビジネス手法の前提である。私たちが目指しているのは、組織の強力な資産として、ゲーミフィケーションがどのように活用できるかを示すことである。

 この本はテレビゲームに関する本ではないことを、最初にはっきりさせておきたい。ゲーム産業、ゲーム愛好者の養成、ゲームの社会的影響(功罪)、アメリカンフットボールのゲーム「マッデンNFL」の最新版の製作費の高さなどを述べたものでもない。3Dの仮想世界、広告ゲーム、エデュテインメントでも、インターネットやデジタル・ビジネスの本でもない。確かに、そうしたことにも触れるが、それは関連性があるときに限られる。また、これはビジネス書なので、ゲーム学者対ナラトロジスト(物語論者)など、ゲーム学をめぐる熱い学術論争にも言及しない(というか、深く突っ込まないでほしい)。それよりもこの本では、ビジネスの実践をより良いものにするために、ゲーミフィケーションをどう活用できるかに迫っていく。

 イノベーションによってビジネスが研究開発所に転じたり、シックスシグマによって事業が工場の生産ライン化したりしないのと同じように、ゲーミフィケーションを使ったからといって、すべての事業がゲームになるわけではない。ゲーミフィケーションは、企業のタイプは問わず、既存のビジネス上の課題に用いる強力なツールキットとなるのだ。ゲームメカニクスをビジネスに適用した成功事例の多くで、関係者たちはゲームという意識を持ったことすらない。

 ゲームの本質は、エンターテインメントではなく、人間の性質と巧みなデザインを融合させたところにある。コンピュータ、ゲーム機、携帯電話、タブレット、フェイスブックのようなソーシャルネットワーク上でゲームに群がる数億人の人々にしても同じことが言える。というのは、そうしたゲームは、数十年間に及ぶ実世界での経験と心理学研究に基づいて、厳密かつ精巧にデザインされているからである。

 成功するゲーミフィケーションには、ゲームデザインの理解と、ビジネス手法の理解という2種類のスキルが必要とされる。両方とも得意な組織はほとんどない。いくら市場セグメンテーションや最小限の現実的な製品分析のやり方を知っていたとしても、長続きする魅力的な経験を生み出す方法は示してくれない。だからこそ、経営に携わるマネジャーのほとんどが、ゲーミフィケーションは非常に新しく挑戦的だと感じるのである。


 しかし、その逆もまた然りで、どれほどプログラミング、ゲームのレベル設計、アート、プレイテスティングの専門知識があったとしても、顧客の生涯価値の計算や、チームのマネジメントや、適切な経営戦略の選定には役立たない。私たちは企業研究やペンシルベニア大学ウォートン・スクールで世界初のゲーミフィケーションコースを教える中で、ビジネス手法とゲームデザインが出会ったときに生じる混乱や知見を目の当たりにしてきた。

 私たちの取り組みの基礎にあるのは「認知」だが、これは顧客と従業員を動機づけるための従来のインセンティブの仕組みでは往々にして不足している。アメとムチはもはや通用しなくなった。お金、地位、処罰の脅威などの効果も知れている。ほぼ無限に近い選択肢のある世界の中で、古いテクニックはどんどん無効になっていく。人間は時として、マネジメントやマーケティングの基本的な教えでは説明のつかない不合理な行動をとるものだが、経済学者もそのことを認めざるを得なくなってきた。企業としては、この知識をどのように活用していけば、好ましい影響を及ぼすことができるのだろうか。

 人間のモチベーション研究に関する学術文献を見ると、巧みにデザインされたゲーム機能によって人々がモチベーションを感じることが実証されている。ゲームそのものが報酬となるので、金銭的な報酬すら必要ない。たとえば、テレビゲームで遊ぶ人は莫大な資源を投じて、有形の価値を持たない仮想の対象物やアチーブメント(特定条件を達成すると与えられる実績)を手にしようとする。

 これは、本物のお金が介在しないという意味ではない。「ワールド オブ ウォークラフト」だけでも、年間に約20億ドルの売上高を出している。フェイスブック上の無料ソーシャルゲームを提供するジンガは、創業からわずか4年目の2011年に売上高11億ドル、利益2億ドルを上げているが、そのほとんどは仮想商品からもたらされている。


 こうした数値を背景に、ゲームやゲーミフィケーションのメリットを売り込むニッチ産業が出始めている。現在、ベンチャーファンドによって誕生した新興企業数社が、企業のウェブサイトあるいは顧客リレーションの管理システムなどの生産性向上ツールに組み込めるゲーミフィケーション・ツールキットを提供している。

 このような開発は私たちにとって心強いことだが、警告の言葉も発しておきたい。ゲームの表面的な特性にばかり目を奪われると、もっと奥深い側面を見逃しやすくなるのだ。単に既存のマーケティングやマネジメントを実践する際に上辺を飾りつけたり、伝統的な報酬を見栄えの良いパッケージに入れたりするだけのゲーミフィケーションであれば、そこから付加価値は決して生まれてこない。むしろ悪影響を及ぼす可能性が大きい。大部分のゲームが失敗する理由は、ゲームデザインの難しさにある。

 この本が目指すのは、ゲーミフィケーションのプロジェクトを検討している大企業の経営幹部、コミュニティと一緒に変化を起こすための新しい方法を模索しているNPOのスタッフ、急成長分野に就職するために必要なスキルを学ぼうと思っている学生など、様々な読者が組織内でゲーミフィケーションを実験するのに必要な基本を網羅した実用的なガイドブックとなることだ。

 この本の全般を通して、私たちはゲーミフィケーション関連の概念への理解を深められるように心がけ、アイデアの実践に向けたフレームワークや段階的なインストラクションを載せるようにした。私たちがこれまでの研究成果や経営幹部との会話を通じて導き出した、あらゆるタイプの組織でゲーミフィケーションを実際に使う方法を紹介している。マネジメント、マーケティング、産業組織論、心理学をはじめとするビジネス分野におけるアカデミックな知識から引き出されたコンセプトも豊富に引いた。ゲーミフィケーションの一時的な流行という側面が消えたとしても、このようなしっかりした基礎のある知見は重要性を持ち続けるだろう。

 私たちは本書の実用面ばかりを強調して、取り上げるテクニックの奥深い意味を軽視するつもりはない。ゲーミフィケーションが正しく行われれば、事業運営の根本的な変革へと向かう。楽しさが重要であるとすれば、それは人間が重要だからである。人間が重要なのは、ブラックボックスや単純化され合理的な利潤の最大化マシーンではなく、充実感を得ようと努める自主的なエージェントであるからだ。

 アルゴリズムを実行する遠隔ネットワークソフトウェアシステムを介して(実際にはそのせいで)生活に影響を及ぼすのと同時に、生活を有意義なものにしている不可解な要因にこそ、リーダーは主たる関心を向けなくてはならない。そして、「ゲームシンキング」の力を認識することが、その第一歩となる。

ゲーミフィケーションの本を書いた理由
 
 筆者はふたりとも、人生の大半をテレビゲームに費やしてきた。それだけ長くゲームをやっていれば、気がつくこともある。たとえば、いかに人々が遊び心のある興味深いやり方でゲーム環境にのめり込むのか。しかも、「時間を浪費すべきではない」賢い高学歴の人々まで、その例に漏れないのだ。

 私たちは長年、マルチプレーヤーオンラインゲーム「ワールド オブ ウォークラフト」のギルドで一緒に過ごしてきた。そのギルドは、ゲームデザイナーとゲーム研究者で構成されていた。博士号や高学歴の持ち主が圧倒的多数を占め、ほとんどが一流大学や企業研究グループで働き、高い比率で家族持ちだった。つまり、現実から逃避しようとするティーンエイジャーの典型的な集団ではなかった。こうした優秀な人々が、実在しないモンスターをやっつけるために、想像上の剣で戦ったり、一緒に取り組んだりする様子を、私たちは面白さ半分、怖さ半分で見てきた。控えめに言っても、意外なことだらけで興味深かった。

 その後、私たちは自分たちの職場に目を転じた。私たちの本業は、ビジネススクールとロースクールで教えることだ。任意のポイントに基づく仕組み(いわゆる「成績」)が学生に大きな影響を及ぼす方法について、私たちは考え始めた。点数や成績は知識や学習ではない。重要な目的に向かって、学生を評価し動機づけるために、教員が創り出しているメカニズムにすぎないのだ。教育と仕事はまさにゲームだという見方に至ったのは、侮蔑ではない。そういうものをより良いゲームに変えていけばいいのではないかと、私たちは自問し始めた。

 こうして私たちはゲーミフィケーションを研究するようになり、先述したように、ビジネススクール初のゲーミフィケーションのコースを担当することになった。ゲームデザインや、社会にとってのゲームの意味合いなどに関する名著はあったが、ゲーミフィケーションを使った仕組みの構築方法や意味合いを明確かつ厳密に解説した書籍は見当たらなかった。「事例研究」とされるものの大半は、逸話を綴った雑誌記事やブログ投稿で、人々の指摘する「詳細分析」のほとんどはパワーポイントで作成されたスライドだった。ゲーミフィケーションを適切に行う方法を説明した、研究で裏付けられつつ実用的でもあるガイドが何としても必要なことに気づかされた。

 このような経験によって、私たちは本書の執筆を思い立った。ただし本当の動機は、こうしたすこぶる実際的な要因とは無縁である。何と言っても、ゲーミフィケーションは魅力的で、革命的なものになる可能性を秘めているのだ。ゲーミフィケーションの本質は、私たちがやらなくてはならないことの中に楽しさを見出すことにある。ビジネスが面白くなり、ビジネスプロセスが魅力的になるとしたら、それは考えただけでもすごいことだ。そして、教育、医療、マーケティング、リレーションシップの管理、政府、コンピュータプログラミングなどの広範囲な分野で、このことがどれほど革命的であるかを、私たちは実感し始めたばかりである。

 本書で論じる概念のほとんどは、こうした文脈に沿っている。ゲーミフィケーションは明らかに、商品への顧客の関与を促進させたいマーケティング部門や、従業員のモチベーションと関与を高めたい人事チームに適している。それだけでなく、人的資源管理、政府、社会的な影響力がある環境にも適用できる。こうした場面でもモチベーションは魔法の薬となる。低所得世帯の子供たちに自宅での読書を奨励する財団のプログラムでも、歯磨き粉をより多く売るために消費財メーカーが展開するプログラムでも、構造的に大きな違いはない。どちらも、ゲームの考え方を使えば、もっと効果が高まる可能性がある。

 もちろん、プログラムの管理者にとっては、担当する仕事に大きな違いが生じる。私たちはその分野の第一人者と議論し、教育に携わり、多数の事例を学ぶことによって、効果的なゲーミフィケーションの肝だと思われる要素を特定してきた。本書を通じて、ゲーミフィケーションの理論と実践を教え、実証されたテクニックやアプローチを紹介していきたい。そして、読者の方々には、本書で概説するゲーミフィケーションのツールキットを用いて、自分や組織特有のニーズに合わせた仕組みを実際に作っていただきたい。

この本の内容について

 本書では、どんな種類の組織でもゲーミフィケーションをうまく実践するために必要な概念を取り上げている。多くのゲームと同じく、レベルに沿って進めていく。それぞれの概念を習得すると、次のステージに進む準備となる。

 レベル1では、ゲーミフィケーションの明確な概要をつかむことができる。レベル2では、ゲーミフィケーションが特定のビジネス上の問題に使えそうかどうかの見極め方を説明する。ここでは、ゲームデザイナーのような問題へのアプローチ、つまり、ゲームとは何かということや、ゲームシンキングの基礎を正しく理解することについて取り上げる。レベル3では、利用者のモチベーションを掘り下げ、どのようにゲーミフィケーションを使えば、もっとやる気を引き出せるかについて考えていく。何十年もの研究結果から、行動を起こさせる最良の方法について驚くべき事実が明らかになっているが、それはゲーミフィケーションのプロジェクトの特徴にもなるはずである。

 レベル4では、ゲームのダイナミクス(原動力)、メカニクス、コンポーネントの階層を含めて、ゲーミフィケーションの具体的なテクニックを見ていく。ここまでで基本がひと通りわかるので、その後はそれを統合していくことにする。レベル5では、6段階のデザインプロセスを通じて、ゲーミフィケーションを機能させる方法について説明する。レベル6では、法的および倫理的な問題、単純化しすぎた例、プレーヤーがその取り組みのオーナーと立場を逆転させた場合に起こることなど、重要なリスクを探っていく。

 ゲーミフィケーションとは何か、どう役立つかを学びたい人には、本書を読めば全体的な基礎知識がわかるだろう。自分のビジネスでゲーミフィケーションを実践するり早く始めて長期間ずっと変わらないまま、というわけにはいかない。なぜなら、プレーヤーはより多くを要求するようになるからだ。

 ゲームを有利に展開できるようにするため、ゲーミフィケーションを始めるにあたって必要なことはすべて本書に盛り込んだ。ウェブサイト(www.gamifyforthewin.com)で追加の資料も提供している。

 それでは、いよいよゲームを始めよう。

原著のタイトルについて

 「For the win(勝利のために)」は、昔ながらのテレビのゲーム番組で使われてきた言葉である。「FTW」と略されることが多く、「毎日運動する、絶対に!(Daily exercise FTW!)」というように、様々な文脈で、成功につながるツールや実践を請け合うために用いられる。それで、本書にふさわしいタイトルだろうと思った次第である。ゲーミフィケーションは、企業がさらに成功を遂げるうえで役立つテクニックだ。本書が何らかの形で、皆さんのビジネスの成功の一助となれば幸いである。

「ウォートン・スクール」とは

ウォートン・スクール Wharton School
ペンシルベニア大学ウォートン・スクールは、1881年に最初の大学のビジネススクールとして設立された。ビジネス教育における知的リーダーシップと現在進行系のイノベーションで世界的に認められており、世界で最も包括的なビジネスナレッジの情報源として、研究と実践の橋渡しに努めている。4800人以上の学部生、MBA生、エグゼクティブMBA生、博士課程の学生が在籍し、エグゼクティブ向け教育プログラムの参加者は年間9000人を超える。卒業生は8万6000人に上り、世界中に幅広いネットワークを築いている。
www.wharton.upenn.edu

ウォートン・デジタル・プレス Wharton Digital Press

世界のビジネスコミュニティに、大胆かつ洞察力に富んだ思考を引き出す目的で設立された。ウォートン・スクールとそのオンラインビジネス誌「ナレッジ@ウォートン」の伝統を受け継ぎ、ビジネスマネジャーがあらゆる課題に立ち向かうための革新的デジタル技術を用いている。起業家精神に溢れた出版者として、適切でわかりやすく、概念的にもしっかりとした、経験に根差したビジネス知識を、読者が必要なときにいつでもどこでも提供する。電子書籍からモバイルアプリ、紙媒体まで、幅広いフォーマットで利用でき、一般的なビジネス書読者向けに、マネジメントと戦略、イノベーションとアントレプレナーシップ、ファイナンスと投資、リーダーシップ、マーケティング、オペレーション、人材管理、社会的責任(CSR)などの分野を主に扱っている。

略歴

[著者]
ケビン・ワーバック Kevin Werbach
ペンシルベニア大学ウォートン・スクール法律学准教授、技術コンサルティング会社スーパーノヴァ・グループ創業者。ネットワーク時代の法律、ビジネス、公共政策に関する第一人者であり、オバマ大統領の政権移行チームのために連邦通信委員会(FCC)の審査を共同で統括、FCCと電気通信情報局へのブロードバンド問題の技術顧問を務めた。クリントン政権ではFCCの新技術政策顧問として、アメリカ政府のインターネットと電子商取引の政策策定を支援した。テクノロジー関連の幅広いテーマについて、学術向けや一般向けの記事を多数執筆し、CNN、NPR、ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントン・ポストなど、各メディアにも頻繁に登場する。カリフォルニア大学バークレー校およびハーバード・ロースクール卒業。
ブログ:http: //werblog.com ツイッター:@kwerb

ダン・ハンター Dan Hunter
ニューヨーク・ロースクール法律学教授、同校情報法政策研究所ディレクター、ペンシルベニア大学ウォートン・スクール法律学非常勤準教授。インターネット法、知的所有権、公共政策分野へのゲームの適用を専門とする。メルボルン大学やケンブリッジ大学法学部で教鞭をとったこともあり、ウォートン・スクールでは終身在職権を持つ。バーチャル世界やテレビゲームの規制、ハイテク技術の知的所有権をはじめとして、コンピュータと法律が交差する分野について、カリフォルニア・ロー・レビュー、ジャーナル・オブ・リーガル・エデュケーションなどの学術誌に寄稿している。MMOG(大規模多人数参加型オンラインゲーム)の社会的重要性に関する最初の研究者のひとりで、学究的なブログのテラ・ノヴァ(terranova.blogs.com)を共同で設立。本書のほかに3冊の著書がある。


[監訳者]
三ツ松 新(みつまつ・あらた)
イノベーション・コンサルタント。1967年神戸生まれ。幼少期をニューヨークで過ごす。神戸大学大学院農学研究科修了後、P&G入社。プロダクトマネジャーとして多くの新規商品、ブランドの立ち上げに携わる。グローバルプロジェクトにも参画、極東地域における特許出願件数歴代トップを記録した。独立後はイノヴェティカ・コンサルティング代表として、大手上場企業とベンチャー企業向けに創造的思考法と新規事業開発のコンサルティング及び研修を行う。英国国立ウェールズ大学経営大学院MBA(日本語)プログラム准教授も歴任。現在、シンガポールと日本に拠点を置く。監訳書に『Personal MBA』(英治出版)があり、『20歳のときに知っておきたかったこと』『未来を発明するためにいまできること』(いずれも阪急コミュニケーションズ)では解説を手がける。


[訳者]
渡部典子(わたなべ・のりこ)
ビジネス書の翻訳、執筆、編集等に従事。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。研修サービス会社等を経て独立。訳書に『Personal MBA』『グラミンフォンという奇跡』(いずれも英治出版/後者は共訳)、『グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業』(中央経済社)、共著書に『改訂3版 グロービスMBAマーケティング』(ダイヤモンド社)などがある。

●ブックデザイン/福士寛晃
●校正/円水社

Twitter