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斜め45度の処世術

小川哲 著

斜め45度の処世術

小川哲、初エッセイ!
世間から2cm浮いてる“SF作家”が贈る
苦笑いと共感が止まらないひねくれ者の処世術

「今日暑いですね」という雑談は意味がなさすぎて恥ずかしく、「とりあえず生」は思考停止に思えて腹が立つ。暦という恣意的なシステムが更新されるだけの正月になんの価値があるのか……「そんなことを気にするのはお前だけだ」と言われるこの世の中は作家にとってどうも住みづらい。そんな日々のモヤつきのかわし方を「ひねくれ界のひねくれ者」の独特な視点で綴るショートエッセイ集。

  • 書籍:定価1650円(本体1500円)
  • 電子書籍:定価1650円(本体1500円)
  • 2026年4月発行
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はじめに

 きわめて遺憾である。なにが遺憾かというと、本書のタイトルである。
『斜め45度の処世術』。

 そもそも僕は、自分が「斜め」だとは思っていない。僕はずっと自分が「普通」だと思って生きてきたのだが、小説家になって自分の考えを文章で書き始めると、いろんな人に「変わっている」とか「屁理屈」とか「ひねくれ者」とか言われるようになった。でも未だに納得できていない部分もあって、「僕じゃなくて世界の側が間違っている」と感じることも多い。「斜め」なのは僕じゃなくて世界の側なのではないか。

 加えて言うと、「斜め45度」という日本語にも納得していない。「斜め」とは、ある方向に対して垂直でも平行でもないことを意味する日本語なのだが、基準となる方向が決められていない状態では「45度」が斜めだとは限らない。おそらく、世間の常識的なものの見方を基準とし、僕のものの見方がその基準に対して45度であることを示しているのだろうが、このタイトルだけでは「45 度」が「斜め」であると誤認する人が出てくるかもしれない。
 
 と、ここまで読んで「自分の本のタイトルに納得していないなら変えればいいじゃないか」と思った人も多いだろう。その通りだ。
 本書のタイトルは、連載を担当した編集者から提案されたものだ。その編集者が怖くて、反論したら業界から干されそうだから仕方なく従った─というわけでもなく、「『斜め45度の処世術』っていうタイトルはどうですか?」と聞かれ、僕は「いいですね」と(むしろ前向きに)了承した。

 この本には、「僕が世界をどう認識しているか」という視点が記されている。僕にとっては当たり前の視点が、どうやら他人にとっては偏屈だったり面倒くさかったりするようで、珍獣を見学するように楽しまれていたらしい。『珍獣博覧会』というタイトルでもよかったくらいだが、『斜め45度の処世術』に落ち着いた。

 そしてここからさらにややこしい話になるのだが、僕は僕で、「自分にとって当たり前のことが、他人からは変わって見えている」という点を自覚していて、「こういう視点を面白がる人もいるのではないか」と想定しながら、自分と世界のギャップをあえて開陳していったという経緯がある。珍獣の側が「意外と普通だな」と思われないように、自分の「珍」である部分を探していた、というような感じなのだ。

 つまり僕という人間は、総体として見ると多くの面で常識的で、特段見どころのない人間なのだが、部分的にひねくれているところがあり、そういった部分の集積
が本書である─ああ、ややこしい。

 たとえば僕は、メールをもらったら1行目に「お世話になっております」と書くし、美容師に「今日暑いですね」と言われたら「いやあ、本当に暑いですね」と返すし、確定申告もするし、ゴミも分別するし、ワイヤレスイヤホンをなくしたら1日くらいヘコむ。

 つい先日、ホテルが客室に用意していた浴衣を着て朝食ビュッフェに向かったら、「朝食時はご自身の衣類を着用してください」と入り口で追い返された。その時に僕は「このホテルは朝食にふさわしくない服を客に着させているのか!」とキレることもなく、「あ、すみません」と自室に戻って着替えてからビュッフェを楽しんだ。おいしかった。
 僕にだって常識的な部分はあるのだが、そういう話は書かず、必要もないのにブロッコリーを買う話とか「あけましておめでとう」と口にできない話とかを書いている。もちろんこの本に書いたことはすべて事実なのだけど、僕という人間のひとつの側面でしかない。

 本当に変な人にとって、「世界の常識」と「自分の常識」が垂直に交わっているのだとすると、確かに僕は45度くらいの交わり方かもしれない。宇宙の果てからひねくれ星人が侵略してきた時、地球のひねくれ者代表として戦うことはできないけれど、書籍として出版して楽しんでもらうくらいならできるかもしれない。そう考えると、『斜め45度の処世術』は悪くないタイトルだと思う。だから了承した。「遺憾である」と冒頭で主張したのは、一度言ってみたかったからだ。

 もっと言おう。
 小説家という職業は、常に「45度」を要求されている気がする。小説を読む人は、自分の知らないことや、想像もしなかった世界を見せてもらいたいと思って本を手にする。小説家はその期待に応えなければならないのだが、人間は「本当に知らないこと」や「本当に想像できないこと」を理解することはできない。特定の物質が超低温まで冷やされた時に生じるマイスナー効果の説明をしても、超伝導を知らなければ理解できない。「概念となった猿が右耳から世界に飛び出し、蟹理論を完成させたドゥブラフカ博士が所有する枕木と対峙する物語」と説明されても、意味がわからなくて想像できない。

 読者は「本当に知らないこと」ではなく、「そこにあったけど知らなかったこと」や「気づかない振りをしてきたこと」を知りたがるし、「本当に想像できないこと」ではなくて「現実世界と結びつけて考えることができること」や「他者に寛容になれること」を想像したがる。読者が知っていることと知らないこと、想像できることと想像できないこと、その中間を描くことができて初めて満足してもらえる。

 そう、つまり「斜め45度」である。
 僕は、日常的に「45度」の世界で生きることを余儀なくされているわけだ。
 この本を読んだ人が「あるある」と共感してくれるのか、「そんなことを考えているのはお前だけだ」と突き放してしまうのか、自分でもわかっていない。僕としては、ちょうどその中間の「45度」くらいなんじゃないかと思っている。

もくじ

15°ーーー
無意味な雑談を避ける方法
自分語りの活用法
なぜこの人の話はつまらないのか
説明上手になるために必須な2つの能力
たとえ話の精度を上げる前提条件
経歴は美化して喋っていい
自称”グルメ”に注意
”お薦め”は信頼に関わる
レジの人に意志を奪われたくない
好き嫌いは言語化しないほうがいい
誹謗中傷されても”喰らわない”考え方
30°ーーー
社会人になっても友人関係を続けるには
友人と縁を切るタイミング
人間関係に悩むのは傲慢である
他人を見下してしまいそうになったら
「失敗は成功のもと」ではない
いい人か悪い人かの判断基準
”正直者”は嘘が得意
聖人君子には見えないもの
”性格がいい”ってなんだろう
人間関係を「漫画型」と「小説型」で考える
45°ーーー
人間にできて、AIにできないこと
運動神経とメンタル神経
口が臭い可能性から気づいたこと
失恋は早めに済ませたほうがいい
部屋を綺麗に保つ方法は2つしかない
手土産の代わりに現金を渡してはいけない理由
潜在的な価値観を浮き彫りにする方法
ひねくれ者がこじらせた末路
脳内を悟られたくない
「七転び八起き」は数が合わない
「あけましておめでとう」を言いたくない
”変な人”に憧れてしまう問題
年下の成功に焦らなくていい
黒歴史を恥じるべからず
完璧な計画書(プロット)はない
「コスパがいいか」は最期までわからない

プロフィール

小川哲(オガワサトシ)
1986年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテストの〈大賞〉を受賞しデビュー。2018年に『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞を、2022年に『地図と拳』で第13回山田風太郎賞を、2023年に同作で第168回直木三十五賞を、『君のクイズ』で第76回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞。2026年には同作が映画化。他の著作に『嘘と正典』『君が手にするはずだった黄金について』『スメラミシング』『火星の女王』『言語化するための小説思考』などがある。

装幀・組版=佐々木暁
校正=文字工房燦光