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変わり者たちの秘密基地 国立民族学博物館

樫永真佐夫 監修

ミンパクチャン 著

変わり者たちの秘密基地 国立民族学博物館

展示の背後(うら)には、人がいる—— 世界最大級のコレクション数を誇る日本の至宝・国立民族学博物館、通称「民博(みんぱく)」。クセ強研究者たちの素顔と展示のヒミツに迫る。

  • 書籍:定価2200円(本体2000円)
  • 電子書籍:定価2200円(本体2000円)
  • 2025/09/26発行
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内容

みんな違って、おもしろい!
世界を知る、人を愛するために。
——収蔵点数34万超! 展示場全長5キロの舞台裏

各界の著名人たちを惹きつけ、
広報誌には秋篠宮殿下が寄稿!?

太陽の塔の背後にあるモダン建築
それが民族学と文化人類学の聖地
国立民族学博物館(通称「民博」だ!)

——展示の舞台裏と
クセ強な研究者たちの日常に迫る

世界最大級のコレクション数をほこる民族学と文化人類学の聖地は、大阪吹田市の万博記念公園にある。黒川紀章による初期の代表建築。特撮ものの悪の秘密組織としてロケ地に使いたいというオファーもあったとか。

民博には、自分の目で確かめないと実感できないカオスが広がっている。

おびただしい数の仮面、民族衣装、儀礼のための怪しげな道具、世界のパンから、墓標まで……「なぜこれを持ってきた?」と言いたくなる不思議な資料の数々を、剥き出しで展示している。

民博は世界を見つめる異世界だ。
にもかかわらず、民博には学芸員がいない。なぜ?

展示の背景には人がいる。
世界中から膨大な資料を集めてきたのは
いったい何者なのか?

民博は普通の博物館ではない。博物館という名の研究所で大学院機能も併せ持つ。だから勤務するのは学芸員ではなく研究者ということになる。

物ではなく、人。
民博の人たちにフォーカスする。

国立民族学博物館教授で広報誌『月刊みんぱく』の編集長を務める樫永真佐夫教授をガイド役に、民博の舞台裏に迫る。ありそうでなかったノンフィクション。


■ 登場人物

◎ 樫永 真佐夫 教授: 本書の案内人。ベトナムの黒タイ族
「自分の才能だと、プロボクサーで世界王者を目指すより、作家になるほうがよほど可能性あるやろって本気で思っていたんです」

◎ 島村 一平 教授: モンゴルのシャーマン、ヒップホップ
「やばっ、これ受けようと思って。でも履歴書のフォームとか持ってないじゃないですか。だから自分でボールペンで線引いてつくりました」

◎ 広瀬 浩二郎 教授:触文化、日本の琵琶法師や瞽女(ごぜ)
「『見えない世界』というぼくの異文化をわかりやすくみんなに伝えていくことは、民博に来た自分にできることなのかなと思いました」

◎ 河西 瑛里子 助教:イギリスのペイガニズム、魔女
「ハーブ(薬草)を扱っていますか?と尋ねると、扱っているというので、話を進めていくと、カンナビスを売っているお店でした」

◎ 山中 由里子 教授:比較文学比較文化、驚異と怪異
「『いまに見ておれ』という気持ちで来ました。展示が終わって、ようやく少しは大きな顔ができるかなと思いました。というか、言わせてほしい、1000人超え、ドヤッ!」

◎ 川瀬 慈 教授:エチオピアの吟遊詩人
「人間にとっては分が悪い時代ですよね。人新世。もう人間、最悪だって思わないといけないんだけど、ぼくは人間が面白くてしょうがないです」

◎ 鈴木 英明 准教授:インド洋の奴隷や物の交易
「仕事だから『奴隷』って検索するでしょ。そしたら、ぼくのパソコンはセーフサーチとか付けていない大人のパソコンですから、大変なことになるんですよ……」

◎ 末森 薫 准教授:保存科学、敦煌(とんこう)莫高窟(ばっこうくつ)
「言葉や頭で理解できない何か。保存するときに何を残すかを考えるとき、形だけではなく、そういうものを残したいと思うんです」

博物館であり研究所。
民博にはキャラ立ちした研究者たちがいる。


■ 目次

第1章:YOUはどうして研究を
第2章:そんなこんなで秘密基地
第3章:博士たちの異常な愛情
第4章:5キロにわたりブツ量に溺れる本館展示
第5章:33万点超のブツを守り抜く砦、収蔵庫
第6章:民博のマニアックな企画展と特別展
第7章:民博と研究者が伝えていくこと

試し読み

あまたの仮面。一つずつ眺めている。黒い壁一面に展示された、顔、顔、顔。怖い顔をしたのも、ひょうきんな顔をしたのも、端正なのも、皆、何か言いたげに見える。

ここは、国立民族学博物館の東南アジア展示場。青白い顔に立派な鷲鼻、目をギョロリ剥き出し、歯茎を見せるその人は「カルトロ」という名らしい。展示パネルにそう書いてある。しかし、それ以上の説明はない。結局、カルトロが何者なのかよくわからない。

仮面というのはつくづくヘンなものだ。見る者の心を映し出すとでも言うのかな。ざわついた気持ちで雑に見たって、おもしろくもない。しかし、こちらが無心になってじっと観察していると、動くはずのないその表情が動いているように見えてくる。

ここには無数の仮面がある。
仮面は世界中からやって来た。

なぜ来た?
誰が連れて来た?

展示場をマイペースに歩いた。顔、顔、顔。これだけの顔が並んでいたら、うっかり間違えて一人くらい喋り出しそう。仮面の告白だ。じっさい仮面たちは、ここの展示場についてよく知っているように見えた。なんだろう、この空気。

不意に、かつて好きだった歌のメロディーが、脳裏を流れた。
ような気がした。

小学生の時分、遠くの学校に通っていたので近所に友だちがいなかった。家に帰るといつも一人、庭で虫を捕まえたり、絵を描いたり、図鑑を見たりして遊んだ。夕方になると、テレビで「NHKみんなのうた」を見るのが楽しみだった。大貫妙子さんが歌う「メトロポリタン美術館」が好きだった。

大理石の台の上で
天使の像ささやいた
夜になるとここは冷える
君の服を貸してくれる?

夜のミュージアム。自分と同じ年頃の女の子が、うつらうつらしている。やがて女の子が目を覚ます。すると、普段は台のうえでじっとしているはずの天使の像が、喋り出す。

ちょっと不気味な歌詞である。しかしこの歌が好きだった。メトロポリタンミュージアムが実在するのかさえ知らない子どもだった。それでもいつか「メトロポリタン美術館」に行ってみたかった。

あれから数十年が過ぎた。

大阪府吹田市、万博記念公園の敷地内にある国立民族学博物館。太陽の塔の背中の顔を眺める格好で、そのモダン建築は存在する。いく度となく通ったこの博物館で、壁一面に展示されている仮面を眺めていた。なんだろう、この空気。

国立民族学博物館の空気は、他の博物館や美術館のそれとは何かが決定的に違っている。

長年そう感じてきたが、ようやく少しわかったような気がした。

あの歌だ。
あの歌にあった、圧倒的な「個」だ。
物とそれに向き合う「個」だけが、ここには在る。
国立民族学博物館で、人は一人ぼっちになれる。

展示の背後(うら)には人が、いる。

世界中から仮面を持ってきた人たちがいるにもかかわらず、この博物館の展示場では、その人たちがむやみに話しかけてこない。青白い仮面に「カルトロ」という名の最低限の情報だけを与え、あとはその仮面と向き合う来館者の様子を静かに見守っている。博物館全体が、社会のなかの「私」を「個」に戻らせてくれる装置になっている。

***

国立民族学博物館についての本を書くことになった。

国立民族学博物館、通称、民博(みんぱく)。文化人類学と民族学をテーマにした世界最大級の博物館だ。研究者たちが世界中から集めてきた、生活や儀式で使う用具、民具、民族衣装を34万7000点!(※2025年3月31日現在)も所蔵し、うち1万2000点を本館展示(いわゆる常設展示)している。

と、言ってもいまいちピンと来ないかもしれない。が、たとえば、東京上野にある東京国立博物館の平常展(東博コレクション展)の展示数が3000点以上(所蔵や寄託の点数は12万点以上)と言えば、そのスケールをおわかりいただけるだろうか。

スケールだけではない。民博には全国に根強いファンがいる。きわめて通好みな博物館としても知られ、好奇心旺盛なマニアの心を捉えてやまない。

じっさい、民博好きを公言する芸能人や文化人はとても多く、たとえばスピッツの草野マサムネさんや、俳優の井浦新さんがそうだ。漫画家の水木しげるさんは作家の荒俣宏さんとともに、「国立民族学博物館友の会」会員のための「民族学研修の旅」に参加したことがあるというし、秋篠宮殿下が民博の広報誌『月刊みんぱく』と友の会機関紙『季刊民族学』の両誌に寄稿されたこともある。最近では、宇多田ヒカルさんがライブで民博の話をしたという噂もある。また、俳優でアーティストののんさんは民博にインスパイアされたアート作品を制作し展示した。

一方で、みんぱく? 何それ? と、その存在をまったく知らない人が多いのもまた、民博の特徴である。みんぱく? 何それ、泊まれるの? と勘違いする人はあとを絶たないし、「みんぱく」とキーボードに打ち込んで「民泊」ではなく「民博」が先に出るようになるまでには、それなりの時間がかかるだろう。

好きな人にとってはたまらないパラダイス。
なのに意外と知られていない。
訪れる人も、なかにいる人たちも変わり者。
変わり者たちの秘密基地。

大阪に生まれ育ち、遠足でも、大人になってからも、何度も通ってきた民博だが、いままで何度訪れても、その舞台裏はほとんど見えてこなかった。そしてそのわからなさに惹きつけられてきた。

展示の背景には人が、いる。
誰がいる?
何してる?

市井のいち民博ファンとして、その人たちの素顔にずっと興味を持ってきた。だから、

物ではなく、人。
民博の人たちにフォーカスする。
民博の人たちのことをお伝えする。

それが本書の目的だ。

事のはじまりは国立民族学博物館教授で『月刊みんぱく』編集長の樫永真佐夫先生と知り合えたことだった。文化人類学者として東南アジアの民族学を専門にされているが、ボクサーでもある。と言うと、なんだかいかつい人を想像するかもしれないが、飄々とした関西弁のとぼけたユーモアが味な先生だ。

民博の人たちのことを書かせてもらえないかと、かなり無理めなお願いをした。なぜ無理だと思ったか? 民博の舞台裏に迫る本、それは当然出版されていて然るべきテーマである。にもかかわらず、いままでそうした本が出た形跡がなかったからだ。組織が複雑なのか? 広報のガードが固いのか? 何かしらの理由があると思った。

「なんで、でしょうねえ。出版社からそういう話があったことはありますが、そういう提案を受けへんことにしてるというより、なんとなく形にならへんかっただけとちゃうかなあ」

えっ、まさかのノーガード?

いや、さすがにそんなことはない様子だったが、民博で働く皆さんは、総じて鷹揚でフットワークが軽く、とても親切だった。そして何より、本書が成立したのは、樫永先生の調整力が異常なレベルで際立っていて、事務手続きから取材させてもらう先生のアポ取りまで、何もかもすいすいーっとまとめて引き受けてくださったからである。

結果として、7人の研究者(民博では教員と呼ばれる)、プラス樫永先生、民博の事業を支える公益財団法人千里文化財団や民博職員の人たちに、それぞれの立場から話を聞かせてもらうことができた。また、インタビューの合間を縫って、展示場をはじめ、研究室が並ぶ4階フロアや、収蔵庫、職員食堂といったいろんな場所、まさに舞台裏も見せてもらった。

取材は、大阪が梅雨入りしたばかりの2025年6月、1週間にわたって行われた。街は「EXPO 2025 大阪・関西万博」のお祭りムードで沸きまくり、隙あらば至るところにミャクミャクが増殖しまくっていた。一方で、初日から雨天の万博記念公園、つまり「1970年 日本万国博覧会」跡地は、時間と喧騒から取り残されたように閑散としていた。

プロフィール

樫永真佐夫(かしなが・まさお)/監修

国立民族学博物館教授/文化人類学者 1971年兵庫県生まれ。2001年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。2010年、第6回日本学術振興会賞受賞。著書に『道を歩けば、神話——ベトナム・ラオス つながりの民族誌』『殴り合いの文化史』(左右社)他多数。2023年より『月刊みんぱく』編集長。ボクシング、釣り、イラスト、料理など、いろいろする変人二十面相。

ミンパクチャン/著

ルポライター 市井の国立民族学博物館ファン。


イラスト:紙谷俊平
デザイン:森 敬太(飛ぶ教室)