兄の終い
【映画化決定!】中野量太監督『兄を持ち運べるサイズに』(公式サイト)11月28日公開。
【ベストセラー10刷!】(※2025年4月7日現在)
- 書籍:定価1540円(本体1400円)
- 2020/3/31発行
内容

残された元妻、息子、私(いもうと)――怒り、泣き、ちょっと笑った5日間。
「わたくし、宮城県警塩釜警察署刑事第一課の山下と申します。実は、お兄様のご遺体が本日午後、多賀城市内にて発見されました」
ーー寝るしたくをしていた「私」のところにかかってきた見知らぬ番号からの電話。「私」にとって唯一の肉親であり、何年も会っていなかった兄の訃報を告げるものだった。第一発見者は、兄と二人きりで暮らしていた小学生の息子・良一。いまは児童相談所に保護されているという。
「ご遺体を引き取りに塩釜署にお越しいただきたいのです」
どこにでもいる、そんな肉親の人生を終う意味を問う。

■目次
プロローグ: 二〇一九年十月三十日水曜日
DAY 1: 宮城県塩釜市塩釜警察署
DAY 2: 宮城県多賀城市
DAY 3: 宮城県仙台市
DAY 4: 三週間後、宮城県多賀城市
DAY 5: 東京
エピローグ: 兄をめぐるダイアローグ
あとがき
★著者既刊『全員悪人』 好評3刷!(2022年1月現在)
著者
村井理子(むらい・りこ)
翻訳家/エッセイスト
1970年静岡県生まれ。滋賀県在住。ブッシュ大統領の 追っかけブログが評判を呼び、翻訳家になる。現在はエッセイストとしても活躍。
著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう』『訳して、書いて、楽しんで』 (CCCメディアハウス)、『家族』『はやく一人になりたい!』(亜紀書房)、『義父母の介護』『村井さんちの生活』(新潮社)、 『ある翻訳家の取り憑かれた日常』(大和書房)、『実母と義母』(集英社)、『ブッシュ妄言録』(二見文庫)、他。
訳書に 『ゼロからトースターを作ってみた結果』『「ダメ女」たちの人 生を変えた奇跡の料理教室』(新潮文庫)、『黄金州の殺人鬼』 『ラストコールの殺人鬼』(亜紀書房)、『エデュケーション』 (早川書房)、『射精責任』(太田出版)、『未解決殺人クラブ』 (大和書房)他。
◎ブックデザイン=鈴木成一デザイン室
◎イラスト=及川ゆき絵
本文紹介
■プロローグ:二〇一九年十月三十日水曜日
「夜分遅く大変申しわけありませんが、村井さんの携帯電話でしょうか?」と、まったく覚えのない、若い男性の声が聞こえてきた。戸惑いながらそうだと答えると、声の主は軽く咳払いをして呼吸を整え、ゆっくりと、そして静かに、「わたくし、宮城県警塩釜警察署刑事第一課の山下と申します。実は、お兄様のご遺体が本日午後、多賀城市内にて発見されました。今から少しお話をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」と言った。
仕事を終え、そろそろ寝ようと考えていたところだった。滅多に鳴らないiPhoneが鳴り、着信を知らせていた。滅多に鳴らないうえに、そのときすでに二十三時を回っていて、着信番号は〇二二からはじまるものだった。
〇二二? まったく覚えがない。こんな時間に連絡があるなんてよっぽどの用事だろう。わかってはいたものの、部屋を見回し、家族全員がいることを確認して、少し安心した。自分にとって、最悪なことは起きていない。
iPhoneが鳴ったことに気づいた夫がテレビのスイッチを切った。ただならぬ様子を察知した息子たちが、iPadから顔を上げてこちらをじっと見た。ペットの犬も息子たちにつられて首を持ち上げ、鼻を動かした。
「今日、ですか?」
「本日、十七時にご自宅で遺体となって発見されました。死亡推定時刻は十六時頃、第一発見者は同居していた小学生の息子さんです」
塩釜署の山下さんによると、兄はその日、多賀城市内のアパートの一室で死亡し、私の甥にあたる小学生の息子によって発見された。十五時頃、甥が学校から帰宅したときには異常がなかったが、ランドセルを置いて友達の家に遊びに出かけ、再び帰宅した十七時、寝室の畳の上で倒れていた。即死に近い状態だったという。
死亡時の年齢、五十四歳。
「息子さんが救急車を呼び、息子さんから連絡を受けた担任の先生が、警察が到着するまで息子さんと一緒にいてくださったという状況です。ご遺体は現在、隣の塩釜市にある、ここ塩釜署に安置されています。というのも、多賀城市には警察署がありませんので……。
それから、病院以外の場所でお亡くなりになりましたので、事件性の有無を捜査しなければならず、検案(※ 病院以外で発生した原因不明の死亡ケースで、監察医が死亡を確認し、死因や死亡時刻などを総合的に判断すること)が行われました。死因は脳出血の疑いです。お薬手帳を確認しましたが、持病がいくつかおありだったようですね。糖尿、心臓、高血圧の薬を飲んでいらっしゃいました。
それで……遠方にお住まいで大変だとは思いますが、ご遺体を引き取りに塩釜署にお越し頂きたいのです。あの、メモはございますか?」
そう言うと山下さんは、次々と電話番号を私に伝えはじめた。
兄が住んでいたアパートの大家さん、不動産管理会社、甥が通っていた小学校、そして甥の実母で、兄の前妻の加奈子ちゃん……。呆然としてしまった。関西から東北に移動するのに、いったいどれぐらいの時間がかかるというのだろう。塩釜と突然言われても、イメージがまったく湧いてこない。
え、塩釜って、たしか宮城県でしょ? この人いま、釜石って言ってた?
そのうえ、週末には二日連続で大阪の書店でのトークイベントが控えていた。翌日早朝に自宅のある滋賀県から塩釜市に向かったとしても、二日後の金曜日には戻ってこなければならない。塩釜市で遺体を引き取り、火葬し、隣の多賀城市にあるアパートを引き払うなんて大仕事が、たった二日でできるはずもない。
混乱しながらも、必死に訴えた。
「実は今週末に大事な仕事がありまして、すぐには行けないのです」と言いながら、実の兄が死んだというのに仕事で行けないっていうのも変な話だよなと思った。しかし同時に、もう死んでしまっているのに今から急いでもどうにもならないと考えた。
塩釜署の山下さんは、「突然のお話ですから当然だとは思います。それで、いちばん早くてどれぐらいで塩釜までお越し頂けます?」と答えた。
頭のなかでスケジュールをざっと確認した。子どもたちの学習塾の予定、原稿の締め切り、家事、犬、そして何より書店でのイベントだ。
「いちばん早くて来週の火曜日、五日です」
「それでは五日まで塩釜署にてご遺体はお預かりします。ご自宅でお亡くなりになったということで、死体検案書という書類をお医者様に作成して頂いています。この書類は、お兄様の戸籍抹消と、埋葬や火葬のために必要な書類です。この作成費用が五万円から二十万円かかります。先生によってお値段が違いまして……いずれにせよ、ご遺体の引き渡しの際にこちらのお金がかかって参りますので、少し多めにご準備頂ければと思います」
死体検案書という言葉も初めて聞いたが、その値段が医師によってそんなにも幅があるとは驚いた。混乱しながらも、頭のなかではすでに金策がはじまっていた。じわじわと不安が広がるのがわかった。自分にとってはかなりの金額を短期間で用意する必要があることに気づいたからだった。
「それでは塩釜署でお待ちしております」と言いつつ、電話を切りそうになっている山下さんに慌てて質問した。
「兄の息子なんですが、今どうしているんですか?」
「息子さんは児童相談所が保護しています。明日以降、児童相談所からも連絡が行くと思いますのでよろしくお願いします」
そして山下さんが急に思い出した様子で、今度は私にこう聞いた。
「あ、こちらの葬儀屋さんとかご存じです?」
メディア掲載履歴
各紙誌で書評やインタビューが掲載されました!
■「女性セブン」7月2日号:書評
■ 「文藝春秋」7月号:書評(評者:佐久間文子 氏)
■ 「AERA」6月29日:著者インタビュー「この人のこの本」(取材・執筆:千葉 望 氏)
■ 「婦人公論」6月23日号:著者インタビュー「私の書いた本」
■ 「河北新報」6月21日:書評
■ 「週刊朝日」6月5日:著者インタビュー「書いた人」(取材・執筆:朝山 実 氏)
■「本の雑誌」6月号:書評(評者:大塚真祐子 氏/北上次郎 氏)
■「週刊文春」:書評「文春図書館」
■ 「東京新聞」5月30日・「中日新聞」5月31日:書評(評者:若松英輔 氏)
■「北海道新聞」5月24日:書評(評者:黒川祥子 氏)
■ 「北海道新聞」5月24日・「北國新聞」5月30日他:書評(評者:石田香織 氏)
■ 「SPA!」5月19日:書評(評者:辻本 力 氏)
■「西日本新聞」5月9日:書評(評者:城下康明氏)
他、多数