道草を食む
なんとも可愛くて、賢くて、野趣あふれる未知の味。
意外とおいしい道草の世界へようこそ。
意外と知られていませんが、私たちの身のまわりには想像以上に食べられる雑草が存在しています。
爽やかな酸味、香ばしい香り、シャキシャキとした歯ごたえ、ツルッとしたぬめり、抹茶のような風味、中には野菜にも負けず劣らず、とびきりおいしいものも。
食べられる草の種類が少し増えるだけで、わざわざ山奥まで出かけなくとも、山菜採りのような体験ができたり、わざわざプランターでハーブを育てなくても、ちょこっ
とその辺で摘んでくることができるようになります。
草木の揺れる音、虫の声、土の匂い、花の香り、植物それぞれの手触りと、野趣あふれる未知の味。
道草ハントは五感をフルに使って楽しめるアクティビティでもあります。
お金を出して買うことのできる他のどんなにおいしい食べ物でも、得がたい感動で溢れていますよ。
- 書籍:定価1870円(本体1700円)
- 電子書籍:定価1870円(本体1700円)
- 2023.10.20発行
はじめに
「どうして雑草なんて食べてるの?」
と、よく尋ねられます。もちろん食べるからにはおいしいと思って食べているのですが、雑草よりおいしいものなんて他にいくらでも手に入るこの時代に、どうしてわざわざそんなゲテモノ(不本意ながら…)を食べるのだろう、と不思議に思われるのでしょう。
しかし、です。意外に思われるかもしれませんが、じつはみなさんも知らず知らずのうちに雑草を食べているんです。
一番分かりやすいのは1月7日にいただく「七草粥」でしょうか。セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。今でこそ、これら春の七草は近所のスーパーで手軽に購入することができますが、もともとは身近に生えている植物を自分たちの手で摘んで集めていたものでした。そしてそれらの大半は、今でも私たちの身近に生えています。例えばナズナ
は、しばしばぺんぺん草とも呼ばれ、花と実のついた茎を両手で挟み、擦り合わせるようにまわして、音を鳴らして遊んだ経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。七草セットの中に入っているのは紛れもなくこの、ぺんぺん草の葉っぱなのです。
もちろん七草粥だけではありません。草餅の原料となるヨモギ、ラッキョウのようにお味噌をつけて食べられるノビル、独特の苦味がおいしいツクシの佃煮など。これらはどれも《ヒトの生活圏の近くに生えていて、植えてもいないのにどんどん広がる厄介な草》、いわゆる雑草の代表選手たちです。
こうして連想していくと、雑草を食べるということが少しだけ身近に思えてきませんか。そして、今挙げたものよりもさらに多くの雑草が、じつはおいしく食べられると分かったらどうでしょう。
意外と知られていませんが、私たちの身のまわりには、想像以上に食べられる雑草が存在しているのです。中には野菜にも負けず劣らず、とびきりおいしいものに出合えることだってあります。そう聞くと、なんだか少しずつワクワクしてきませんか。食べられる草の種類が少し増えるだけで、わざわざ山奥まで出かけなくとも山菜採りのような体験ができたり、わざわざプランターでハーブを育てなくても、ちょこっとその辺で摘んできたりすることができるようになります。
有川浩さんの小説『植物図鑑』の中で主人公のサヤカちゃんとイツキ君は、近所の河原へ食べられる草を摘みに出かけることを《狩り》と表現しています。なるほど自分の手足と目を頼りに草むらを分け入り、食べられる植物を探すこの行為は、さながら狩猟採集時代にタイムスリップしたかのようです。
草木の揺れる音、虫の声、土の匂い、花の香り、植物それぞれの手触りと、野趣溢れる未知の味。もちろんクセの強い植物はアク抜きに手間がかかるし、可食部が小さいものは集めるだけでもひと苦労……なんてこともよくありますが、そんな個性派揃いの植物たちを、どうしたら今よりもっと輝かせてあげられるだろう?と思いめぐらせる時間はとても充実しています。創作意欲が掻き立てられて、おいしくできれば感動もひとしおですし、失敗したときは声を上げて大笑いすることもあります。
いずれにせよ、こんなにも五感をめいっぱい使って楽しめるアクティビティを私は他に知りません。このような経験は、きっとお金を出して買うことのできる他のどんなにおいしい食材にもない、得がたい感動で溢れていると思うのです。
また、雑草を摘んで食べるという行為は、その植物とより親しんだり、より深く理解したりするのにとても役立ちます。口に入れるとなればその分注意深く観察するようになりますし、直接手に触れることで、ただ眺めていたときには気づけなかった発見が生まれることもあります。
とは言え、住む環境は人それぞれに違います。のちほど注意事項にもまとめていますが、都市・郊外にかかわらず、私と同じように道草ハントを楽しむことが難しい状況にある方もいらっしゃると思います。誤って毒を含んだ植物を食べてしまう可能性も否めません(P49参照)。私としても、みなさんが無理をして体調を崩すようなことは決してあって欲しくありません。
そのため本書では、食べること以外でも雑草の面白さを知ってもらえる構成を心がけています。草の種類をたくさん覚えることはそこまで重要ではありませんが、何かひとつでも心に残るきっかけがあれば、きっと何気ない景色がそれまでの何倍も楽しくなってくるはずです。お庭のいたるところに伸び出た草や、河川敷を覆い尽くす草たちが、キラキラと輝く宝物のように見えてくると思います。そんなワクワクするような景色を、一緒に見てみたいと思いませんか。
雑草はいつでもどこにでも生えていますが、意外にもそれぞれの旬は短く、それぞれが輝ける時間には限りがあります。私はこの小さくて美しい季節の移り変わりたちを、一瞬たりとも見逃したくないなぁと思います。
Michikusa
目次
ナズナ茶
【夏】
Column7|簡単にできる万能薬 ドクダミチンキを作ろう
【秋】
Column10|植物標本を作ろう
【冬】
著者略歴
Michikusa(みちくさ)
1991年千葉県生まれ。東京農業大学農学部農学科卒。幼い頃より道端、河原、まちなかの商店街などさまざまなフィールドで足元の植物を観察。現在は岡山県を中心に雑草を暮らしに取り入れる方法を日々模索しながら各地で観察会やワークショップを開催。ポッドキャスト番組『道草を食む-雑草を暮らしに活かすRadio-』(Apple Podcast 自然カテゴリ1位)を不定期に配信中。薬草料理マイスター。自然観察指導員 。
X:@tampopopon9 Instagram:@wildflower_michikusa