話すことを話す きちんと声を上げるために
『女ふたり、暮らしています。』の著者が贈る、
「話し方」についての珠玉のエッセイ——
人と話す、人前で話す、不特定多数を相手に話す。オンラインを含め発信方法が増え、人と人のつながりも多彩になった現代では、「話す」ことには練習が必要だ。
・思ったことが正確に伝わるように「話す」
・相手が気軽に話せるように「話す」
・人の心に響くように「話す」
・人を傷つけないように「話す」
・謙遜しすぎないように「話す」
これらは、生まれ持ったよほどのセンスでもない限り、経験と気づきと学習と訓練がなければ上達しない「技術」である。本書では、韓国の人気ポッドキャスト司会者であり、敏腕コピーライターである著者が、日常の会話や講演、配信、インタビューなどあらゆる場面で人と話して見つけた、小手先のテクニックや話術とはひと味違う、「話し方の技術」について語る。
- 書籍:定価1650円(本体1500円)
- 電子書籍:定価1320円(本体1200円)
- 2022.03.10発行
序文
ついでだから言いますが
私たちは話すことと歩くことを同じように考えている。たいていの人は生まれてから一定の時間が経つと歩きはじめ、病気になったり事故に遭ったりしない限り一生歩き続ける。部屋から部屋へ、道から道へ、時には大陸から大陸へと。
長時間歩くことはほかのどんな行為よりも深い思考を引き出すけれど、そんなときも私たちは、歩くという行為そのものに対しては深く考えない。話すことについてもそうだ。大部分の人は生まれてから一定の時間が経てば話しはじめ、特に病気や事故がなければ、隣にいる人に、大勢の聴衆に、時には世界に向かって一生話しながら生きていく。
ところが、話すことには歩くことと違って非常に多彩な側面がある。話すことはコミュニケーションであり、共感であり、暴力であり、音楽であり、教えであり、遊びであり、挑発であり、解消であり、響きであり、礼儀であるという意味で。にもかかわらず、私たちは話すことと歩くことを同じように考えている。誰もがすることであり、それぞれの歩き方があるようにそれぞれの話し方があるにすぎないと思うだけで、私たちは話すという行為についてあまり深くは考えない。
話すことには明らかに「ワザ」というものが作用する。修辞学に対する関心をほぼなくしてしまったわが国において、「話しぶり」「弁才」「口才」「口弁」などとも表現されるそれは「話術」ともいわれるが、この言葉にはちょっと厄介なところがある。「話し方の技術」を意味する一方で、「妖術」「忍術」「催眠術」のように言葉で相手を騙し、惑わせて自分の望むものを手に入れようと舌をチョロチョロさせている蛇のようなイメージが重なって見えるのだ。しかし、そうした言葉が広く使われる所では、話術は決して芸術になり得ないと思う。
私はずっと、「話術」とはちょっと違う「話し方の技術」について話してみたいと考えていた。そして今、話し方の教育を受け、その後も長期にわたって練習し、人前で話す機会が多くなった者として、これまで考えてきたことをこの本を通じて共有したいと思う。私は書く人でもあるから。そして、自信を持って言うが、話すことについて考えはじめるだけでも、大きな変化が訪れるはずだ。まさに私がそうだったから。
「言葉が通じる 」、「言葉に詰まる 」というように、言葉は出入りする属性を持っている。口から出た言葉が「決めゼリフ」になって強力な力を発揮したりもするし、取り返しのつかない「失言」になったりもする。発されなかった言葉は心の中に残って誰かの信念になったり、生涯の無念になったりもする。
今、私の心の中には、突然この世を去ってしまった愛猫ゴロ[著者の四匹の飼い猫のうちの一匹。二〇二〇年六月に死去]に伝えられなかった言葉が残っている。でも、そんな言葉がむしろ、ゴロを偲ぶのに欠かせないものになったりするから、言葉の力というのは本当に不思議なものだ。手話を含め、言葉というのは人となりを形づくる重要な要素であり、人と人を近づける大切な技術だ。それなのに、私たちの大半は、話すことについてほとんど学んだことがなく、深く考えたこともない。そういう意味でこの本は、「話すこと」という巨大な世界を探索するための、小さいけれども重要なカギとなるだろう。
私が本を出すたびにすばらしいタイトルを考えてくれる同居人のファン・ソヌ、私のこだわりや本質みたいなものを驚くほど正確に(そして、キュートに!)絵で表現してくれるイラストレーターのイ・ユニさん、本当に有能で思慮深くて、一緒に本を作ることをこのうえなく楽しく、実り多いものにしてくれる編集者のペ・ユニョンさんに心から感謝を伝えたい。
さあ、それでは言葉の門を開いてみましょうか。
2020年夏
キム・ハナ
もくじ
〈序文〉ついでだから言いますが
内気な子ども
あなたは話す人になる
役柄と本当の自分
間(ポーズ)の技術
話し方の先生たち
植木鉢から森へ
言葉から力を抜く
つらいときは力を抜けばうまくいく――「世界を変える時間、十五分」講演録より
講演で緊張しない方法
「チェキラウト」を始める
私の声ってこんなだっけ?
良質な対話のために考えること
音楽としての話し方/聞いて、その瞬間にいるということ/
会話のエネルギーバンパイアたち/集中力の限界を知る
/私の話し方の道具――マインドマップ
/私の話し方の道具――マインドマップ
いいものをいいと言うこと
建国以来最大の女性作家の集まり
女性たちへ――私たちには謙遜する権利はない
「チョ」とは何か
最高の酒の肴は会話
沈黙について
そんなことまでいちいち言わなければダメなのです
説得は魅惑に勝てない
私の好きな声
誰も傷つけない言葉
対話の悦よろこび
声を上げよう
略歴
著者:キム・ハナ
読んで、書いて、聞いて、話す人。
長い間コピーライターとして活動。著書に『力を抜く技術』『私が本当に好きな冗談』『あなたと私のアイデア』(いずれも未邦訳)、『女ふたり、暮らしています。』(共著、CCCメディアハウス)などがある。2017年から2021年まで、YES24のポッドキャスト「チェキラウト――キム・ハナの側面突破」の進行役を務めた。いつのころからか、講演、公開放送、司会、対談など、書く仕事よりも話す仕事の方がだんだん増えていて、2022年2月現在、新しいポッドキャスト番組を準備している。
訳者:清水知佐子(しみず・ちさこ)
和歌山生まれ。大阪外国語大学朝鮮語学科卒業。読売新聞記者などを経て翻訳に携わる。訳書にキム・ハナ/ファン・ソヌ『女ふたり、暮らしています。』(CCCメディアハウス)のほか、朴景利『完全版 土地』、イ・ギホ『原州通信』、絵と文イ・ミギョン『クモンカゲ 韓国の小さなよろず屋』(いずれもクオン)、タブロ『BLONOTE』(世界文化社)などがある。
イラスト イ・ユニ
ブックデザイン 眞柄花穂(Yoshi-des.)
DTP 茂呂田 剛(M&K)
校正 麦秋アートセンター