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新・新装版 トポスの知 箱庭療法の世界

河合隼雄/中村雄二郎 共著

明石箱庭療法研究会 その他

新・新装版 トポスの知

多くの読者のご要望に応え、待望の名著復刻!
限定された砂箱という「場」(トポス)に人間存在の在り様が示される――〈箱庭療法〉という心理療法の一技法をめぐる哲学者と心理療法家の対話。

  • 書籍:定価2750円(本体2,500円)
  • 電子書籍:定価2200円(本体2,000円)
  • 2017.03.17発行
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内容

1984年に初版刊行、1993年に新装版が刊行されて以来、
長らく絶版になっていた名著が待望の復刊

 言うまでもなく、箱庭療法は、箱庭をつくることによって心理療法が行なわれてゆくのであるが、そこに生じる多くの出来事は、人生のドラマと言ってもよく、限定された砂箱という「場」(トポス)に、人間存在の在り様が見事に提示されてくるのである。
 したがって、このことは、単に心理学とか心理療法ということを超えて、広く「人間存在」に対する関心をもっている人たちに、多くのことを知っていただきたいと思う新しい「知」をはらんでいるのである。

 哲学と心理学は、従来からあまり仲の良い関係ではなかった。しかし、共著者である中村雄二郎氏と私は、この両者が協力しあうことがきわめて重要であり、またそれを必要とする時が来ているという認識をもっている。その両者の出会う「場」として箱庭というものが浮かびあがってきたことは、なかなか興味深いことと言わなければならない。
 もちろん、われわれの“対話”は、まだ始まったばかりであり、これを出発点として哲学と心理学の対話が、異なる「場」や異なる「時」に、今後ますます発展してゆくことを願っている。

 本文中でも述べていることだが、「箱庭療法」は簡単そうに見えて、その実、危険性も困難性も十分に持ちあわせている。本書によって箱庭に興味をもたれた方が、もし実際に箱庭療法を行なってゆこうとされるなら、専門的知識のある人の指導を受けられることが望ましいことを、ここに附言しておきたい。

(河合隼雄「あとがき」より)

「本書成立までのいきさつ」

 ところで、本書の企画および製作についてのいきさつを、少しここに紹介しておきたい。そのことも箱庭療法の在り方と無縁ではないと思うからである。
 本書が企画されたいきさつのうちで、最も大きい出来ごとは、私が〈都市の会〉を通じて、本書の「対談」の相手であり、共著者でもある中村雄二郎さんを知ったことである。
 「対談」の箇所でも示されているように、箱庭療法が単に心理療法の一技法であるという枠をこえて、広く科学や文化の諸問題とも関連していることにいちはやく気づかれた中村さんは︑その点をつねに強調しておられた。そして、箱庭のおもしろさを多方面に紹介されたりもしたが、ついには、私が日本記号学会で箱庭表現について発表する機会をも与えていただいたのである。
 そこにおける反響などから考えて、箱庭療法を心理療法の専門家たちだけに限定せず、広く一般の人たちにも知ってもらうことが必要ではないかと思い、中村さんと私とで、箱庭療法についての本を出したいと、語し合っていたのである︒
 一方、本書に掲載されている箱庭のスライドをこころよく提供していただいた「明石箱庭療法研究会」についても、ここに少し紹介しておきたい。
 前にも述べたが、箱庭療法についての研究会は全国各地にあってそれぞれ活動をつづけているが、兵庫県明石にある研究会もそのうちの一つである。この研究会の運営を中心的に行なっているのは、姫路市の賢明女子学院に勤務されている村山實さんである。そしてこの会の特徴は、その途方もない自由さにあると言えるだろう。会員がとくに決まっているわけでもなく、研究会が定期的に開かれるわけでもない。不定期にみんなが集まってくるのだが、自己紹介などもいちいちしないときがあるので、会員同士で誰が誰なのかわか
らないときもある。
 それから、非常にたくさんの玩具(材料)が用意されており、砂箱も四つほどおいてあるので、各自が自由に、いつでも箱庭をつくれる。といっても、つくりたくない人は全然つくらなくともよい。私が何か話をするときもあり、昔話や児童文学などを素材にみんなで話し合ったりするが、それは、イメージの理解力を豊かにすることをねらいとしている。
 また、それぞれの会員が自分の行なっている箱庭療法のケースをスライドで映し、それを見ながらみんなで討論する。合宿の場合は、夜遅くまで話し合いになることも多い。食事時間に一人でそっと箱庭をつくる人もいるぐらいで、ともかく、きわめて自由であり、インフォーマルな研究会である。いってみれば、箱庭療法を学ぶのには、最適の状態といえるであろう。ほかから見れば、遊び半分でルーズな会ということになろうが、逆にそういうところがいいのである。
 みんなが見ている前で箱庭をつくるのは、もちろん変則的である。原則的には一対一の関係で行なうべきことである。しかし、明石の研究会のように、全体の雰囲気がうまくつくられ、私のように中心になる人間が存在する場合は、それなりの意味があると思われる。ときには、個人の相当に深い問題が箱庭に露呈されることがあるが、それと気づいた人がそっと個人的に話し合いをしたり、グループ全体のもつ治癒力がうまく作用したりして、それが克服されていく。しばらく続けて会に出席し、問題が克服されると、この研究会を「卒業」して、会に出て来られなくなる人もいる。それらのことがまったく自由になされているのである。
 以上のようなユニークともいえる「明石箱庭療法研究会」も、できてからすでに十年以上の歳月が経ったので、会ができた当時からの作品のスライドなども見直しているうちに、かなり興味深い作品もあることがあらためてわかり、それらをまとめて出版してみてはどうだろうかという考えが生まれてきた。
 そこで、先にも触れたように、私は中村さんと箱庭療法についての書物を出してみたいと話し合っていたところなので、ちょうどいいタイミングで、明石の研究会の意向とドッキングさせることができた。つまり、明石の研究会から提供される「作品」(会員が作成したもの)を素材としつつ、私と中村さんとで箱庭療法について「対談」するという本書の企画ができあがったのである。
 なお、中村さんには、明石の研究会の実態を直接知っていただくため、昨年(一九八三)の末に一度、研究会に参加を願った。参加してみて、研究会の構造のルーズさにあらためて驚きもされ、感心もされておられた様子である。ご自身でも箱庭をつくっておられた。
 次に本書を製作するうえで、二つほど問題点があった。一つは、数多くの箱庭の作品のなかから、どれを選ぶのかということが大きな問題であった。明石の研究会に参加され、本書の編集にもあたられたTBSブリタニカ出版局の鮫島達郎さんの努力によって、会員たちのつくったたくさんの興味あるスライド写真ができあがってきた。しかし、中村さんとともに感じたことは、いわゆる「正常な人」がつくった作品には、どこか迫力不足の感がある、ということであった。
 それと、時に深い問題を示しているような作品もあったが、それは会員のプライバシーの問題が絡んできて、出版するには不向きであった。そのような点も考慮して、会員の方々に提供していただいた「患者さんの事例」のなかからも選ぶことにして、とうとう本書に収められているような作品に落ち着いたのである。
 後は、「対談」と「口絵」をみていただくとわかるとおりであるし、箱庭と都市の結びつきという点については、中村さんの「まとめ」を読んでいただきたい。このような視座を提供されることによって、おそらく、読者の方々は、箱庭のひとつひとつの作品から実に多くの示唆を受けられるに違いない。イメージは常に多義性をもち、多くのことを集約的に表現しているから、それぞれが自分の関心にしたがって、興味深いことがらをそのなかに認められるであろう。

(河合隼雄「箱庭療法と〈私〉」より)

目次

箱庭療法と〈私〉――河合隼雄

 1 箱庭療法との出会い 
 2 どう発展したのか
 3 日本への導入の仕方
 4 発展に伴う課題
 5 〈都市の会〉との相互交流
 6 本書成立までのいきさつ
 7 ドラマとしての箱庭
  
Ⅰ 〈自由に創ること〉の楽しさ
  
 箱庭療法はなぜ日本で成功したか
 無理な「組織化」を避ける――明石箱庭療法研究会の場合
 材料選びにも個性が反映する
  
Ⅱ 豊かなイメージの世界
  
 ファンタジーの客観化 
 内面を「枠」で守る
 「枠」を越えること――アクティング・アウト
 世界の解体と再構成
 風景が一変する――日常と非日常
 死と直面する―― 男性原理と女性原理
 次元が変わる――立体と平面
 象徴性の強い世界
 イメージを噴出させる装置
  
Ⅲ 〈癒やす〉意味とその働き
  
 「治す」ではなく「治る」こと
 性急な言語化は禁物
 ノーマルな作品の限界性
 隠すことも高次の表現
 情念のキャナライズ
 「解釈」ではなく「鑑賞」を
 曼陀羅生成の過程
  
Ⅳ 隣接する領域とのかかわり
  
 芸術療法との関係
 夢体験と意識
 組み合わせの発想――箱庭の場合
 古典的箱庭との違い
 フラットな全体像――ロールシャッハ・テスト
 心理テストの位置づけ
  
Ⅴ 箱庭・その哲学的パフォーマンス

 凝縮された「都市論」
 場所(トポス)の論理
 箱庭表現のなかの時間性
 シンボルとイメージが生命
 「触れること」の哲学
 コスモロジーとしての箱庭
 言語を超えて――無意識の責任
  
Ⅵ 近代科学と新しい〈知〉のあり方
  
 近代科学の特質――瞬間証明主義
 箱庭療法は「科学」か
 新しいパラダイムとしての「臨床の知」
 知と文化のモデル――ツリー型とリゾーム型
 インテグレーションとは何か
 葛藤の美的解決
 他者の存在―― セラピストとクライエント
 身体論の展開――ヴァレリーからアルトー、ドゥルーズへ
 心身症と生きる手応え

新しい都市論と箱庭表現――中村雄二郎

  
 一 棲み家としての都市
 二 市川浩と山口昌男の仕事から
 三 多木浩二と前田愛の仕事から
 四 トポス論の新しい展開へ
  
あとがき
新装版あとがき――河合隼雄
新装版あとがき――中村雄二郎

索引(事項・人名)

略歴

河合隼雄(かわい・はやお)
1928年、兵庫県多紀郡篠山町(現・篠山市)出身。心理学者。京都大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。文化功労者。元文化庁長官。専門は分析心理学(ユング心理学)、臨床心理学、日本文化。学位は博士(教育学)。日本人として初めてユング研究所にてユング派分析家の資格を取得し、日本における分析心理学の普及・実践に貢献した。また、箱庭療法を日本へ初めて導入。臨床心理学・分析心理学の立場から1988年に日本臨床心理士資格認定協会を設立し、臨床心理士の資格整備にも貢献した。著書多数。2007年逝去。

中村雄二郎(なかむら・ゆうじろう)
1925年、東京都出身。哲学者。明治大学名誉教授。東京大学文学部卒業後、文化放送に入社。その後、明治大学法学部教授を長く務めた。西洋哲学をはじめ日本文化・言語・科学・芸術などに目を向けた現代思想に関する著書が多数あり、主要著作は『中村雄二郎著作集』(岩波書店、第1期全10巻・第2期全10巻)に収められている。山口昌男と共に1970年代初めから雑誌『現代思想』などで活躍、1984年から1994年まで「へるめす」で磯崎新、大江健三郎、大岡信、武満徹、山口昌男とともに編集同人として活躍した。

●編集協力者(明石箱庭療法研究会)
石井和子/宇都宮淳子/大谷道子/荻野充胖/金岡洋子/河野博臣/神戸淑子/隈 寛二/小山章子/清光 文/高木忠彦/高野祥子/伊達祥子/谷郷絵美/黄楊荒雄/寺澤晴美/平松清志/福田佳子/村山 實

●装丁・本文デザイン/轡田昭彦+坪井朋子
●校正/円水社