おしゃれなマナーAtoZ パリで暮らして知ったミューズたちの素顔
忘れられないのは、
時差ぼけの時にジェーン・バーキンが淹れてくれたハーブティー。
フランソワ・サガンの引越し先を探し、ボルヘス夫人と旅をして、シャルロット・ゲンズブールにいちご大福の美味しさを教えた唯一の日本人。80年代からマガジンハウスやマダムフィガロのパリ支局長として多くのセレブたちの生の声を聞いてきた著者がAtoZのキーワードで綴る、パリの人々の素顔。そこには本物の知性とユーモア、そしてエレガンスを取り入れるためのエッセンスが散りばめられているーー





- 書籍:定価1980円(本体1800円)
- 電子書籍:定価1980円(本体1800円)
- 2026年3月発行
はじめに
フランス語には、「仕上げをする」を表す言葉が色々ありますが、
「iの上にポワン(点)がなければ、肝心の部分が欠けていてなんの意味もない」という言い方があります。
たとえばどんなに最高級品のハイ・ブランドで着飾っていたとしても、
マナーや心が欠けていたとしたら、まったくおしゃれとはいえない、という意味にもなるのです。
Netflixのドラマ「エミリー、パリへ行く」の中で、
派手に着飾ったアメリカ娘のエミリーが、パリの職場の同僚たちに
「ラ・プルーク〈la plouc〉」と言われていましたが、それは「田舎者」といった意味で、
パリの人なら結構傷つく言葉です。
華やかなブランドの威光に目がくらみ、自分を見失ってしまうと、「ラ・プルーク」になってしまうようです。
私が四〇年間、近くで見てきたジェーン・バーキンは、当初から「ラ・プルーク」とは程遠い、
オーセンティックな女性でした。
何をするにも心がこもっていたし、どんなに自分が弱っているときでも、他人に愛を与え続けた人でした。
今でもよく思い出す出来事があります。
私がパリに到着した朝、ジェーンは自宅にいましたが、体調が悪く、痛々しく点滴台を引きずっていました。
それなのに東京から来た私が機内で眠れなかったと話すと、キッチンに立ち、
ティヨルのハーブティーを淹れてくれたのです。
いくら止めても、やり通す人でした。
ぬくもりのこもったハーブティーをごくごくと飲みながら、あのときは涙が出るほど嬉しかったものです。
ジェーンのファッションを思い出してみても、どんな場面でも他人に媚びることはなかったし、
自分が心から大切にしている父親の遺品のTシャツなどを、
愛おしそうにぼろぼろになるまで着古していました。
他人に気に入られるためにおしゃれをするなんて、私はまっぴらよ。
服は自分のために着るものだから。そんな感じでした。
どんなにあちこちに虫食いがあって、穴があいたものでも平気で着ていたジェーンは
それでも、パリでもっともエレガントな女性といわれていたのです。
そんなジェーン・バーキンと私がなぜ友人なのかというと、話は一九六〇年代までさかのぼります。
二〇歳でフランス人の学者と結婚した私は、エリート家族だった夫の両親とパリの十六区に住み始めました。
その後帰国して夫と離別し、通訳の仕事をしていた一九六〇年代に、
寺山修司さんから「ちょっとフランスに行ってくれない?」と頼まれた初インタヴューの相手が、
画家のサルバドール・ダリやノーベル賞作家のJ・M・G・ル・クレジオ、
映画監督のルイ・マルだったのです。
一九七〇年代になると、フランス文学の翻訳家として私は文学の世界にいたのですが、
四〇歳のときに、思いがけず出版社マガジンハウスから、パリ支局長になってほしいと頼まれました。
一年間の契約でしたが、それがまさか二〇年にも及ぶパリ生活の始まりになるとは、当時は思いもよりません。
途中一九九〇年にマガジンハウスのパリ支局が閉鎖になり、フィガロジャポンのパリ支局に移ります。
二〇〇五年の夏に帰国した後は、エッセイなどの出版を続け、
パリのモード&カルチャー誌「マスターマインド」で、今もインタヴューを続けています。
これまでおびただしい数の人たちをインタヴューしてきました。
みんな「オー・ヴォワール(また会う日まで)」と言って別れ、
それきりの人がほとんどでしたが、家族のように親しくなった人もいました。
それがジェーン・バーキンとマリア・コダマ・ボルヘスです。
ふたりは二〇二三年に他界して、「アデュー(永遠の別れ)」となってしまいましたが、
ジェーンの娘のシャルロット・ゲンズブールとは、今も親しくしています。
旅は好きでも、文化の壁というのは越えられないものだ、と諦めている方が多いかもしれません。
それでもその壁の向こう側の人たちへ少しばかりの配慮や思いやりがあれば、
思いがけない出会いが待っていたり、生涯忘れられない体験をすることもあるのです。
見知らぬ人と出会うのは、まるで一冊の本を読むようでした。
それまでに書かれたページを紐解き、そして引き込まれていったのです。
有名、無名を問わず、これまで色々な方に出会い、それぞれの感性に触れるうちに、
いつかそれを日仏雑記帳のようなものにまとめたいと考えていました。
すでに一部はこれまでの著書に書いたものもありますが、年を重ねるにつけ、
書いておきたいことがどんどん増えてきて、なかなかそれを実現することができないままでした。
ですが、そうしたものの中には、私だけの体験ではなく、
もしかしたら他の方にも役立つことが含まれているのではないかと思い、書き始めたのです。
辛抱強く本書に伴走してくれた担当の大渕薫子さんに、感謝いたします。
二〇二五年一〇月九日
梅里の自宅にて
村上香住子
もくじ
<A>accueille【おもてなし】age【年齢】amour【愛】
<B>birkin【バーキン】bise【挨拶のキス】bonjour【ボンジュール】
<C>cadeaux【贈りもの】cafe【カフェ】 carre【スカーフ】confort【心地よさ】coup de foudr【一目惚れ】
<D>dandysme【女のダンディズム】
<E>elegance 【エレガンス】
<F>flatter【お世辞】fleur【花】
<G>galanterie【女性へのマナー】gants【手袋】gateau【甘いお菓子】
<H>histoire【歴史】 honnete【本音で】
<I>internet【インターネット】
<J>joie【よろこび】
<K>kawaii 【カワイイ】
<L>livre【本】logique【理屈好き】
<M>maison【家】materiel 【素材 】
<N>noblesse oblige【持てるものの義務】 noel【クリスマス】non!【ノン!】 nouveau【新しい】
<O>obligation【義務】
<P>parfum 【 香水 】 personnalite 【個性】
<Q>qualification【資格や学歴】
<R>robe【ドレス】
<S>se deguiser【変装】
<T>T-shirt【T シャツ】
<U>une amie【女友達】unique【ユニーク】
<V>vacances【ヴァカンス】
<W>weekend【週末】
<X>x【超エリート】xenophobe【外国人嫌い】
<Y>yeux【目】
<Z>zen【禅スタイル】
プロフィール
村上香住子(むらかみ・かすみこ)
翻訳家、エッセイスト。 1985年にマガジンハウス社からの依頼を受けパリ支局長として赴任し、1992年、フランス最大の新聞社フィガロの中にあるパリ支局に移る。20年間のパリでのジャーナリストとしての活動後、2005年夏に帰国。ジェーン・バーキンやその家族とは40年にわたる親交をかさねている。
ブックデザイン/眞柄花穂(Yoshi-des.)
DTP/茂呂田 剛(エムアンドケイ)
校正/文字工房燦光
写真/Saa R(Unsplash)[表紙]
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