イスラム教徒の頭の中 アラブ人と日本人、何が違って何が同じ?
エジプト考古学者として、エジプト人女性との結婚(離婚)を通じて、アラブ社会とともに歩んだ吉村先生が見聞きしてきたアラブ人の本質を描いた一冊。
“契約結婚”が当たり前のアラブ式の結婚観、アラブの家庭、アラブの女性たちの考え方など深く入り込んだからこそわかる、彼らの行動様式から吉村式のつきあい方を教えます。
- 書籍:定価1650円(本体1,500円)
- 電子書籍:定価1320円(本体1,200円)
- 2017.02.28発行
内容
今こそ知りたい、日本人とアラブ人、何が違って何が同じ?
吉村先生の目を通して見えてきた、イスラム教社会の本当のところ。
アラブ式あいさつでは、お天気の話はダメって知ってた?
まずは目の前にいる相手を尊重することがアラブ社会では大事とされていること。
「なぜ?」がわかれば、もっとわかりあえます。
アラブ入門に最適な一冊です。
まえがき
本書は、アラブの人たちと日本人はどうつきあったらいいかという問題を考えるための一冊である。アブラをもったアラブにただ頭をさげるだけでは長い将来を考えると良くないから、まずアラブとはどんなひとたちかを内面的なところから見ていこうというわけだ。
アラブ人というと、すべてがイスラム教徒(ムスリム)と思っている方が多いが、そんなことはなく、キリスト教徒、ユダヤ教徒、地元の伝統宗教(レバノンのドルーズ教徒など)の信者の方々がいる。もちろん全体の八十〜九十%はムスリムで、ムスリムも大きく二つ、スンニー派とシーア派に分かれている。
そのシーア派の人々はアラビア半島からスンニー派の迫害を逃れて、今のイランであるペルシアに居を構えたため、両派は相容れない。今でも、イランやイラクの一部のシーア派のムスリムも、その他のスンニー派のムスリムも、むしろ歴史的に対立軸にあるキリスト教徒やユダヤ教徒よりも、相容れない状況が続いている。
一方、スンニー派の中にも、『コーラン』の解釈や預言者の言動の解釈の違いから相容れない人々も少なくない。特に預言者ムハンマド(日本ではマホメットと言う)のやり方で忠実に行なうべきだと主張するイスラム原理主義者がいる。このグループを私たちは総称して、イスラム過激派と言っている。
その中心になっているのは、アルカイダ系の人やIS(イスラミック・ステート)の人たちである。欧米のキリスト教徒やユダヤ教徒は、イスラム・テロ集団と名づけているほどだ。今やイスラム旋風は吹き荒れており、ムスリムの一%にも満たない過激派の活動が、ムスリム全体の考えのように位置づけられており、大多数のムスリムに迷惑をかけているのが現状となっている。
現在の世界人口の中に占めるムスリムの比率は、約一五〜二十%で、全世界の騒動の大半を過激派のムスリムが行なっている状態だ。全世界のムスリムは、アラブ系、アジア系、そしてアフリカ系の人たち、その他の地域(例えば中国の新疆ウイグルの人たちや欧米のムスリムたち)に分かれて生活しているが、そのほとんどが穏健な人たちで、一部のアラブに住む過激派が世界を恐怖におとしめているのだ。各国で政権に対して対抗している、タイやフィリピンのムスリムの集団も存在し、仏教徒やキリスト教徒に攻撃を仕掛けているというより、政権自体に揺さぶりをかけて、自分たちの存在を示そうとし、あわよくば政権を狙うといった政治目的で、決して信仰や教義のためではない。
しかしアラブ人の中のムスリムは、例えばISのように極端な思想ではなくとも、イスラム教以外の宗教がこの世を悪くしていると本気で思っているところが、恐いといえば恐い。とにかく預言者ムハンマドをはじめ、イスラム教関連のことを悪く言おうものなら、何をされるかわからないと言っていい。
その反面、イスラム教に偏見を持たず、普通の態度で接すれば、アラブ人たちはとても友好的な人たちだ。基本的にはイスラム教の教義、イッサラーム(平穏であれ)の基本教義に徹している。人間は心穏やかに生きるべきだが、なかなかそういかないので、神(アッラー)に帰依すればいいのだという考えがムスリムの中にはあるからだ。
ムスリムが大半を占めるアラブ人とつきあうには、まず相手の信じている宗教を聞いてから、話に入らないとややこしいことになる。慣れてくると、相手の名を聞いただけでその人の宗教がわかるようになるが、初心者は失礼とは思わず、その人の宗教を聞く必要があるだろう。
そうすると、自分の宗教も言わなくてはならない。決して「ない(No)」とは言わないこと。というのも、宗教がないということは、アラブ人にとっては人間でないと思われてしまうからだ。日本人はてらいがあり、実際に宗教について深刻に考えていないので、つい「ない」と言いがちだ。できれば、「仏教徒」とも言わないほうがいいだろう。なぜかというと、仏教には神様がいないので、厳密に言うと、彼らの中では仏教は宗教のカテゴリーに入らないのだ。
アラブ人とのつきあい方で一番大切なのは、相手のペースに巻き込まれないようにすることだ。ざっくばらんにつきあってはダメだ。必ず相手とのスタンスを決め、その一線を越えてはならない。話の都合でついつい相手のペースに巻き込まれて、二進も三進もいかなくなってしまい、自滅した人を私は沢山見てきた。
といっても私はアラブ人を信用するなと言っているのではない。信用しすぎると騙されたり、ひどい目に遭ったりすると言っているのだ。アラブでは「虎穴に入らずんば、虎子を得ず」ではなく、「虎穴に入らば、出てこられない」である。
次に大切なことは、アラブ的習慣としては、最初の挨拶が非常に重要であるということ。これを怠ると、その後の交渉はまずうまくいかない。日本人はまずお天気のことを言い合うことが多いが、それは通用しない。というよりバカにされるのがオチだ。天気など自然のことを言うより人間のほうが大切なのだ。
まず相手の家族、特に両親や配偶者のことを話題にする。初対面の人の家族構成はわからないから、家族全体のご健康のことを尋ねるのだ。そして、神アッラーに感謝して話し始める。アラブ人同士はこれを五分から一〇分かけて、双方のエール交換として行なう。このことは自分が相手に敵意を抱いていないという証でもある。
以上のことに気をつけると、概ねアラブでは交渉ごとがスムーズにいくだろう。中近東におけるアラブ内の抗争、アラブとその他の民族との対立、イスラム教とユダヤ教、キリスト教との闘争等、多くの問題を抱えていて終わりの見えないところではあるが、世界が平和になるためには、これらの問題解決が不可決だ。すなわちグローバル社会の構築のためには、どうしても解決しなければならないのだ。
アラブとは遠い存在である日本人もアラブを知り、イスラム教を学ぶためにぜひ本書を手にとってお読みいただきたい。
もくじ
序 章 アラブとの出会い
第1章 アラブ式の結婚
エジプト女の結婚話は、聞くに堪えない/結婚も一種の商談である/アラブの結婚業者/結婚は契約関係である/アラブ式の結婚式に参加すれば/未婚の女性は半人前/性に対する慎み深さ・おおらかさ/夫のつとめ、妻の役割
第2章 アラブの女たち
女は、男の所有物である/嫉妬に狂い、権力に狂った美貌の女シャジャラト/女の貞節は信用するな/姦婦を処刑するのは当然/ベールからのぞく瞳が魅力的/女は、夫以外に素肌を見せるな/アラブ女は、擬似恋愛が好き/アラブでは、恋愛することさえむずかしい
第3章 アラブ式の別れ方
一夫多妻は、未亡人救済策/一夫多妻は、必要悪/妻が、夫に、「第二の妻」を強要する習慣/多妻がなければ、女は惨め/男は一方的に離婚できる/さまざまなアラブ式の別れ方/しかし、女は男なしでは生きてゆけない
第4章 アラブの家庭
妻が女の子を産むと、夫の立場はない/アラブ人は、悪魔の目を恐れる/男の子が産まれたら、女装と割礼が必要/部族間の優劣は、男の多少によって決まる/男の役割は部族の名誉をになうこと、女の役割は夫に従うこと/今のアラブでは、教育が男の武器
第5章 アラブの男たち
いずこの国でも、財産争いは絶えない/利息をとるのは御法度?/〝ケチ〟のアラビア・ジョーク/アラブ人にまともに向かったら、勝ち目はない/アラブ人の個人主義と部族主義/アラブ人の反国家主義/本音と建て前の世界/柔よく剛を制す/誇張と言い訳は、人一倍巧み/この世よりも、あの世が大事/人にはうそをついても、神にはうそはつくな/アラブ人の接待には、用心が肝心/女をたくさんつくり、力をもつことが、男の名誉/面子にこだわるのは、日本人と同じ
終 章 アラブ人とつきあう方法
アラブ世界は、ひとすじ縄ではゆかない/アラブ人とつきあうための十ヵ条/何よりも、神(アッラー)とアラブの歴史を理解すること/アラブ商法とは、〝得して得とれ〟/日本の人的資源を輸出すれば、効果は抜群
略歴
吉村作治(よしむら・さくじ)
1 9 4 3 年東京生まれ。東日本国際大学学長。早稲田大学名誉教授。工学博士(早大)。エジプト考古学者。6 6 年アジア初のエジプト調査隊を組織し、約半世紀にわたり発掘調査を継続。古代エジプト最古の大型木造船「第2の太陽の船」を発掘・復原するプロジェクトが進行している。2 0 1 6年には大ピラミッド建造者クフ王の王墓探査計画を開始した。またe ラーニングによる新しい教育システムの制作と普及、日本の祭りのアーカイブに奮闘中。主な著書に『マンガでわかる イスラム v s . ユダヤ 中東3 0 0 0 年の歴史』( C C C メディアハウス)、『人間の目利き― アラブから学ぶ「人生の読み手」になる方法― 』( 講談社) 他多数。
公式H P 「吉村作治のエジプトピア」
http://www.egypt.co.jp/
カバーデザイン/ 根本佐知子( 梔図案室)
カバーイラスト/ 菊池留美子
校正/ 円水社