なぜ昇進するのはいつもあなたではないのか もっと早く知っておきたかった「社内政治」の技術
「いい仕事さえしていれば……」があなたの存在を軽くする。
政治スキルが未熟なためにつまずいた世界のエリート社員の実例をもとに、望みどおりのキャリアを手に入れるための「組織で生き抜く知恵」を学ぶ。
- 書籍:定価1760円(本体1,600円)
- 電子書籍:定価1408円(本体1,280円)
- 2014.07発行
内容
グローバル化する企業のなかで、世界標準の「社内政治」の技術を身につけなければ、今後、あなたの望むキャリアは手に入らない。
日本で「社内政治」といえば部署間のいがみ合いや派閥抗争を思い浮かべがちだが、本書で扱うのは欧米エリートたちの「自分をよりよく見せる」「能力やアイデアを認めてもらう」技術。実際、外資系企業で彼らと張り合った日本人たちは、「彼らにはとてもかなわない」と口をそろえる。グローバル化の進展にともない、日本企業でもその傾向は強まっており、すでに若い世代は就職の段階から「海外の人材」との競争にさらされてもいる。
本書は、欧米的ビジネスエリートを目指す人のみならず、どんな形であれ「出世したい」人は絶対に知っておきたい、またこれからのグローバル化社会を生き抜くために今後は身につけておきたい「社内政治力」についての貴重なレポートであり、数少ない体系化された研究である。
「頭がよく有能で、すばらしい価値観と労働倫理の持ち主であり、そこそこの成果も出していた彼らの共通点は、社内政治の仕組みが見えないせいでキャリアがゆきづまっていることだった。彼らは常に過小評価され、敬遠され、中傷され軽視され、仕事を正当に評価されず、事態が悪くなると不当に責められることがわかった。自分とは異なる原則で動いている人に対処するスキルや認識が欠けているからだ」――マーティ・セルドマン博士「序文」より
目次
序文
プロローグ なぜ昇進できないのか
第1 章 政治に積極的になるわけ
政治とは/非公式に舞台裏で/なぜ政治の理解が重要なのか?
第2 章 政治力をつける
セーラの場合/自己PRはスキルである/自己PRを成功させるには
政治的モデル/ユージーンの場合/レベッカの場合/エディの場合
信憑性のある自己PRを
第3 章 権力の盛衰を生き抜く
ナンシーの場合/ロバートの場合
第4 章 物事を額面どおりに受けとめる――信頼せよ、けれど検証せよ
カーリーの場合/ヘンリーの場合/フランクの場合
第5 章 権力マップをつくる―― 誰が権力を握っているか
ヴァネッサの場合/マーセラの場合
第6 章 周囲の認識を管理する
冗談の中に多くの真実が/シェリーの場合/ジェリーの場合
第7 章 評判とブランド管理に気を配る――自分のストーリーはなにか
ケーシーの場合/キャロルの場合/パーソナルブランドをつくる
第8 章 話し言葉に気をつける――ジェンダーと文化の問題
マギーの場合/ランディの場合
第9 章 業績管理の政治を知る
隠れた動機―目的と手段/権力、支配、業績評価/業績評価と権力抗争
第10章 権力、政治、性
ロシェルの場合/キムの場合
エピローグ
謝 辞
解説 不言の言(三ツ松新)
参考文献
プロローグ なぜ昇進できないのか
一三歳のとき、私はキッチンのテーブルにつくと、いつも母が祖母(世界一政治力のある女性)に職場の愚痴をこぼすのに聞き耳を立てながら、途方に暮れていた。話の内容は理解できなかったけれど、病院で八時間働いたあと、夕食の準備のためにシンクで野菜を洗いながら、その日あったことを語る母の不機嫌な顔をじっと眺めていた。ありふれた話のようだったが、母が語ると、とても大変なことに思えた。
たいてい話の調子は「主任看護師が外科医師にこう言って、医師は看護師にこう言った」で始まり、祖母とのやりとりは医療とはまったく関係がなかった。時には具体的な仕事の話になることもあったが、ほとんどの場合、誰が誰になにをしたかだった。
潔癖な性格で不正を見過ごすことができなかった母は、大病院で手術担当の看護師長をしていたとき、ある有名な外科医が手術で患者を死亡させた医療過誤を医療倫理委員会に報告し、のちには裁判で証言台に立った。証言すべきかどうか何日も迷った末に倫理的に正しいと信じたことを実行したのだ。その直後に母は(同じ病院の)管理部門に異動になった。好きでもなく、情熱も抱けない仕事だった。真実を当局に話したつけがまわってきたのである。
この決断はさまざまな形で母に犠牲を強いた。病院の内情に義憤を感じながらも職業人として体面を保ちつづけたせいか、母は若くして癌で亡くなった。それから四〇年経った今、私はいろいろな国で同じような話を見聞きしている。この四〇年間、状況はあまり変わっていない。そして、残念ながら、いまだに多くの女性が職場の政治的側面を見落としている。
一方、私の父は職業についた早い段階から、権力を持つ人間を利用することで社内政治に対処してきた。最初、ゼネラルモーターズの組立ラインで働いていたのだが、自動車部品を箱につめる単調な仕事に飽き足らず、工場労働者の足の引っ張り合いにもうんざりしてしまった。父は政治に対して目先がきくわけではなかったが、誰が力を持っているか直感的に理解できた。やがて、若い管理職が目をかけてくれて、彼の引きで管理部門に移ることができた。父は彼のアドバイスに従い、きっぱり過去と決別した。それから三〇年以上この上司の下で働いたが、ただの一度も上司を悪く言うことはなく、ずっとそばを離れなかった。退職後も上司の落ち着き先に引っ越したぐらいだ。
キッチンで母と祖母の話を聞いていたときから、私は人間を観察しつづけ、人がどんな行動をとり、どんなふうに相手を陥れたり妨害したりするか、逆に優しく接するか見てきた。最初私は営業畑の仕事をしていたが、やがて人事部に異動することができた。人を見抜く直感力を活かせる仕事が自分に向いていると思ったのだ。人事部では人間の行動について多くのことを学んだが、それ以上に組織内政治を学んだ。今になって母が言っていたことを思い出すと、母の苦悩がよくわかる。
ウォルト・ディズニー社で働いていたとき、幸運にもマーティ・セルドマン博士と出会った。彼は組織内政治に関する見識の高い専門家で、リック・ブランドンとの共著Survival of the Savvy(二〇〇四)は私の目を開かせ、組織内の権力と政治を本格的に勉強するきっかけとなった。マーティの「組織で生き抜く知恵」は、ディズニーで人気の高い講座だった。今でもよく覚えているが、最初に講義概要を読んだときはつまらなさそうだと思った。出世コースからはずれた管理職の不満をなだめるための講義をなぜ会社が提供しなければならないのだろうと感じたものだ。こういう人たちは長年デスクワークに携わり、長時間働く完璧主義者だが、昇進することはめったになく、それでも求められれば会社のためにせっせと働く。
この講義は社員の関心が高かったので、アジアでも同じプログラムを提供しようということになった。私は「政治」がらみのプログラムには抵抗があったので、翌月カリフォルニア州バーバンクのディズニー本社に戻ったとき、足を伸ばしてカリフォルニア大学バークレー校にマーティを訪ねて講義の説明をしてもらった。八時間マンツーマンで講義を受け、目から鱗が落ちる思いだった。それ以降、組織だけでなく人生を見る目が変わった。そして、ようやく、母の話(そして、多くの女性エグゼクティブの話)が本当に理解できた。
それからまもなく、私は組織で生き抜く知恵を職場で教えるようになり、このスキルをエグゼクティブ・コーチングに活用した。そのなかで気づいたのは、政治という問題を避けるか、存在そのものを否定する人がいかに多いかということだった。彼らは組織内政治に無関心あるいは無知だが、長時間働き、規則を守り、あらゆる点でそつがない。さりげない会話を交わしていると、同じような言葉をよく耳にした。最初は気にとめていなかったが、やがてこうしたキャリアアップを阻む言葉にパターンがあるのがわかった。
●自分の仕事ぶりをひけらかす必要なんかない。やっていることを見ればわかってもらえるはずだ。
●私にはフルタイムの仕事があり家族もいる。そんなくだらないゲームにつきあう暇はない。
●人的ネットワークづくり? 私は忙しいんだ。同僚とのランチや朝食会議に出る時間も興味もない。
●納期が決まってるんだ。そんな些細なことにかける時間はないし、おべっか使いだと思われたくない。
男女を問わず誰にとっても、組織内政治の海をうまく泳ぎきることは重要なリーダーシップ・スキルであり、成功の礎石である。政治とは│真の意味では│提携関係を築き、業務を管理するためのものだ。セルドマンがSurvival of the Savvy の中で強調しているように、政治はネガティブにとらえられることが多いが、政治力は正しい価値観と結びつくと、個人にとっても組織にとっても必ずポジティブな結果をもたらす。政治力の欠如は有害なだけではない。政治という言葉を聞いただけで、眉をひそめ、身構えて、こう言う人たちがいる。「ここでは政治なんか存在しない」
こうした認識を変えて現実を受け入れ、組織全体を理解し関わっていくにはどうすればいいだろう? 変革の推進力のひとつは、トップに立つ女性たちだが、問題はその数が少ないことだ。職場のいじめをテーマにした本はたくさんあるが、職場生活の微妙な側面――権力と政治、つまり、誰が権力を握っているか、権力を手に入れるにはどうすればいいか――に関する本はほとんどない。
政治力のある人は、権力を理解し手に入れることができる。アイデアを売り込む方法を知っていて、人より早く昇進していく。政治はポジティブにとらえられることはなく、また(ネガティブな言葉以外で)論じられることはめったにないが、組織の規模にかかわらず、どこにでも存在する。多国籍企業、NGO、学術研究機関には政治が渦巻いている。最近、私は国連のコンサルタントにメールを送った。異文化コミュニケーションの専門家を探していると聞いたからだ。メールには「ポジティブな」政治を講義していると書いた。すると、相手は唖然として返信してきた。「つまり、世界一政治的な組織で政治を教えたいというわけですか?」
最初、私はワークショップに「組織で生き抜く知恵」というタイトルをつけていたが、すぐに変更して、そのものずばりのタイトル「政治」に変えた。政治こそ、重要だが忘れられがちなリーダーシップ・スキルだからである。
政治はめったに話題にのぼらない。話題にされるとしても、ウォータークーラーのそばかコーヒーショップや酒場で親しい友人と話す程度だろう。企業やビジネススクールで政治を教えることもほとんどない。それでも、政治は常に存在する。だが、政治力とはなんだろう? 政治は権力や権力基盤に関わる問題だ。組織内で働いている不文律を理解し、職場生活の政治的側面を正しく把握して、上手に切り抜けるスキルと勘を身につけなければならない。
組織で生き抜く知恵とは政治を泳ぎ切るスキルだ。政治――あるいは政治力――はネガティブにもポジティブにもなりうる。
●組織内政治のポジティブな定義は、組織の利益のために提携関係を築くこと。
●組織内政治のネガティブな側面は、自分だけの利益のために提携関係を築くこと。
カナダのヨーク大学の組織行動学についての権威、ガレス・モーガン教授は、著書Images of Organizations(一九九七)で、こう書いている。
職場生活の奇妙な特徴のひとつは、多くの人が社内政治に取り巻かれているとわかっていながら、めったにそれを認めて口に出さないことである。政治について考えたり議論したりするのはプライベートな時間に気心の知れた仲間や友人とオフレコで行なうか、提携関係にある相手に対して政治工作をするときだけだ。
見識ある人は「職場で不文律が働いているのを知っているが、まずそのことを口にしない」。多くの人は自重して仕事に励み、そうしていれば政治というゲームに巻き込まれずにすむと信じている。しかし、「組織で生き抜くスキルを身につけないかぎり、昇進は望めない」(そして、さらに悪いことに、組織はこのきりのないばかげた競争に見切りをつける優秀な人材を失うことになる)。
起業した人の多くが、組織を離れた大きな理由として政治をあげている。ビジネスに携わる人間にとって、職場生活の政治的側面を正しく理解することがキャリアにもビジネス上の成功にも重要であり、正しい倫理観や価値観に基づいて組織の利益のために政治的行動をとる必要がある。
政治と銘打ったワークショップを開くと、たいてい同じ反応がある。紹介した事例に自分自身を見ているような気がして、あるいは、政治の醜い側面にとらわれていたと気づいて、涙ぐむ人もいる。やはり組織の政治的側面には関わりたくないと考える人もいる。そして、大半は新しいスキルを学ぼうと意欲を燃やす。講義では常識や直感に関する事柄も学ぶが、なにより大切なのは組織全体に参加しようという意欲であり、それさえあれば自信を持って政治の舞台に立つことができる。興味深いのは、よく政治がわかっていると私が感じた参加者は必ず講義のあとプライベート・コーチングを依頼してくることだ。
本書は政治をテーマにしているが、職場のいじめや威圧的行為には触れていない。取り上げるのは、誰でも知っていて、なんとなく感じていても、必ずしもはっきり言えない微妙な側面だ。本書は現実に即した内容のものであり、政治認識力の高い人と低い人のケースを数多く紹介している。年齢、職種、地位、属している文化の違いを問わず、誰でも組織全体に関わって、倫理観と価値観に基づいて政治力を発揮できるようにしたものである。
略歴
[著者]
ジェーン・ホラン Jane HORAN
異文化間リーダーシップの専門家。多国籍企業のコンサルタント業務会社ホラン・グループ(本拠地シンガポール)の創設者。リーダーシップや政治力についてのエグゼクティブコーチおよびファシリテーターとして、フォーチュン500社をクライアントにもつ。欧米はもとよりアジア各地のNGOや研究機関等でも、人材開発、キャリアプラン、プレゼンテーション・スキル向上などのためのワークショップや講演を通じてグローバルに活躍。異文化間の職場環境に関するコンサルティングには定評がある。著書に、“How Asian Women lead : Lessons for GlobalCorporations”(2014)。http://www.thehorangroup.com
[訳者]
矢沢聖子 やざわ・せいこ
英米文学翻訳家。津田塾大学卒業。主な訳書に、アンドリュー・ソーベル/ジェロルド・パナス『パワー・クエスチョン』(阪急コミュニケーションズ)、パトリック・レンシオーニ『ザ・アドバンテージ』(翔泳社)、リンゼイ・デイヴィス『密偵ファルコ』シリーズ(光文社)、アガサ・クリスティー『スタイルズ荘の怪事件』『終りなき夜に生れつく』(早川書房)、ダミアン・トンプソン『すすんでダマされる人たち』(日経BP社)、マイケル・ヴィンセント・ミラー『愛はテロリズム』(紀伊國屋書店)ほか多数。
[解説]
三ツ松新 みつまつ・あらた
イノベーション・コンサルタント。1967年神戸生まれ。幼少期をニューヨークで過ごす。神戸大学大学院農学研究科修了後、P&G入社。プロダクトマネジャーとして多くの新規商品、ブランドの立ち上げに携わる。グローバルプロジェクトにも参画、極東地域における特許出願件数歴代トップを記録した。独立後はイノベティカ・コンサルティング代表として、大手上場企業とベンチャー企業向けに大脳生理学に基づいた創造的思考と新規事業開発のコンサルティング、研修を行なう。ティナ・シーリグ『20歳のときに知っておきたかったこと』『未来を発明するためにいまできること』(阪急コミュニケーションズ)でも「解説」を執筆。
http://www.innovetica.com/blog/
●カバー写真/kimberrywood/iStock Vectors/Getty Images
●装丁/谷口博俊(next door design)