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聖書男(バイブルマン) 現代NYで「聖書の教え」を忠実に守ってみた1年間日記

聖書男(バイブルマン)
A・J・ジェイコブズ 著
阪田由美子 訳
  • 書籍:¥2,600(税別)
  • 電子書籍:¥2,080(税別)
  • 四六判・並製/632ページ
  • ISBN978-4-484-11111-7 C0098
  • 2011.08発行

十戒に従い、産んで増え、隣人を愛し、収入の十分の一を神に献げる……現代NYで聖書の言葉に従って生活するという突飛な試みを実践した非宗教的ユダヤ人の爆笑(?)体験日記。全米50万部の超話題作。

書籍

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電子書籍

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内容

聖書の本当の意味を探し求めるため、可能なかぎり聖書の言葉どおりに1年間暮らしてみた「不可知論者」の日記。モーセの十戒のような有名な戒律だけでなく、
「ひげをそってはならない」
「混紡の服を着てはならない」
「月の初めには角笛を吹きなさい」
「罪人には石を投げよ」
「生理中の女性に触れてはならない」
といった不可解な戒律や現代にはそぐわない教えをなんとか実行していく。
ひげをのばし、全身白の衣服を身にまとい、杖をもって街を行く“いちおうユダヤ人”のおかしくも真摯な387日。

「はじめに」より

 ぼくはニューヨークのおよそ信仰熱心でない家庭に育った。いちおうユダヤ人だが、ぼくをユダヤ人というのは、《オリーブガーデン》がイタリアンレストランというのに等しい。つまり、名ばかりってこと。ヘブライ学校には通ったことがないし、マツァも食べたことがなかった。わが家でいちばんユダヤ的なものといえば、クリスマスツリーのてっぺんに飾られたダビデの星ぐらいだった。
 両親が宗教に批判的だったわけじゃない。肌に合わなかっただけだ。なんたって、ぼくたちは二十世紀に生きていたから。わが家では、信仰の話題は、父の給料や、姉がクローブ入りタバコを吸っていることと同じく、タブーに近かった。
 唯一、聖書と接した期間は短く、内容的にも浅かった。わが家のすぐ隣りにシュルツ師という親切な牧師さんが住んでいた。ルター教会の人で、トマス・ジェファーソンにそっくりだった。シュルツ師は、六〇年代の大学の座り込み抗議について、いろいろと面白い話をしてくれた。ところが、神の話になるや、外国語を聞いているみたいで、いつもちんぷんかんだった(余談だが、シュルツ師の息子は俳優になり、奇遇にも『ザ・ソプラノズ』で不気味な牧師役を演じた)。
 バルミツバには何度か列席したが、式のあいだじゅうぼけっとしていた。暇つぶしに、ヤルムカの下の髪が薄いのはだれか、なんて考えていた。父方の祖父の葬儀に出たときは、ラビが式を執り行なっているのを見て驚いた。会ったこともない人をどうしてほめたたえられるのか。解せなかった。
 子どものころの宗教との関わりは、まあそんなものだ。
 ぼくは不可知論者という言葉の意味を知る以前からそうだった。理由のひとつに、悪の存在がある。もし神が存在するなら、なぜ戦争や病気やミズ・バーカー(慈善バザーで売るクッキーに砂糖を使わせてくれなかった人)をのさばらせておくんだろう。
 でも、いちばんの理由は、神という観念が要らなく思えたからだ。姿も見えず、声も聞こえない神を、なぜ必要とするのか。神は存在するかもしれない。でも、この世では絶対に知りえない。
 大学はぼくの霊的成長を助けてはくれなかった。ぼくが入ったのは非宗教系の総合大学で、ユダヤ=キリスト教の伝統よりもウィッカの儀式における記号論を研究したがる学生のほうが多かった。聖書を読むことはあっても文学としてで、『妖精の女王』ぐらい真実みに乏しい古くさい本としてだった。
 もちろん、宗教の歴史は学んだ。公民権運動や慈善の寄付、奴隷制の廃止など、人類の偉大な遺産の多くが聖書を原動力としてきたことも。戦争、大虐殺[ジェノサイド]、征服といった、負の遺産を正当化するのに聖書が使われてきたことも。
 宗教にはいい面もあるけれど、現代社会においては危険な存在だとずっと思っていた。悪用される可能性がきわめて高い、と。ほかの旧弊なものと同じように、徐々に消えてなくなるだろうとも思っていた。近い将来、すべての決定がミスター・スポック流の非情な論理に基づいて下される新啓蒙主義の楽園に暮らすことになる、と。
 もうお気づきだろう、見事な誤解だった。聖書の、そして宗教全体の影響力はいまだに絶大だ。ぼくが子どものころより大きいかもしれない。そのため、この二、三年、宗教はぼくの強迫観念になっている。世界の半分がとんでもない妄想を抱いているのか、それとも精神世界を理解しようとしないぼくの人格に重大な欠陥があるのか。一度もベートーベンを聴いたことがない、あるいは恋をしたことがない男みたいに、人として大切な部分が欠けていたらどうしよう。なんといっても、いまは幼い息子がいる。信仰心のなさがぼくの欠点だとしたら、息子には受け継がせたくない。
 そういうわけで、なにをしたいかはわかった。宗教の探究だ。あとはどうするかだ。

「訳者あとがき」より

 聖書とはなにかと訊かれたら、日本人の多くは「キリスト教の聖典」と答えるだろう。
 では、「聖書の教え」といえば? キリスト教徒でなくても少しは知っている、もしくは聞いたことがあるだろう。ひとを裁くな。赦せ。敵を愛せ。右の頬を打たれたら左の頬を向けよ。人はパンのみで生きない。そして、教会の結婚式でお馴染みの、“愛は忍耐強い”で始まる一連の教え――。
 聖書の教えを守って生きると聞いてまず浮かんだのは、こうしたキリスト教的な教えを実践する現代の修道士のイメージだった。だが、本書を読みはじめてすぐに、いくらか誤解していたというか、忘れていたことに気づいた。
 まず、聖書には旧約聖書と新約聖書があり、旧約聖書はヘブライ語聖書とも呼ばれ、ユダヤ教の聖典でもあること。教えにしても、前述の新約聖書の教え以外に、旧約聖書にもじつにたくさんの教え(律法)があって、いまなお多くのユダヤ教徒が実践していること。かの有名な十戒(聖書の神以外に神をもつな、偶像崇拝をするな、神の名をむやみに唱えるな、安息日を守れ、父母を敬え、殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、欲するな)のほか、ユダヤ教徒が豚や甲殻類を食べないこと、割礼の習慣もけっこう知られている。産んで増え、隣人を愛し、収入の十分の一を神にささげる……。
 そこまではいい。けれど、混紡の服を着ない!? 植えてから五年経っていない木の実は食べない!? 妻が夫のけんか相手の急所をつかんだらその手を切り落とす!?
 聖書の教えには普遍的なものもあるが、現代人にとっては理解に苦しむものもある。そのすべてに従うという無謀な試みに、“ユダヤ人とは名ばかり”で“信仰心のかけらもない”著者が挑戦したのが本書だ。
 動機はいくつかある。ブリタニカ百科事典の全巻読破に挑戦した前作に続く第二弾を書きたかった。宗教が衰退するどころか勢いを増している昨今、宗教を理解しようとしない自分のほうがおかしいのではないかと思い、知る必要性を感じた。なにより聖書の字義解釈についてよく知りたかった。
 アメリカには聖書を文字どおり信じている人びとがいて、過去に「進化論裁判」なるものがあったことは、訳者も以前から知っていた。けれど、アメリカは科学先進国。進化は厳然たる事実だと考えている人がほとんどで、「創造論」派はごく少数だと思っていた。
 一九九〇年代に入り、大統領選に絡んで保守派プロテスタント(福音派)の存在がクローズアップされるようになり、聖書の記述を百パーセント信じている人は決して少数派ではなく、むしろ一大勢力を成し、アメリカの政治や世論を大きく動かしていることが漠然とわかってきた。
 聖書の字義解釈は、ずばり現代のアメリカを知る鍵のひとつといえるのだ。

 まる一冊聖書の話、しかもこのボリューム。一瞬、引きそうになるが、著者は不可知論者(神がいるかどうかわからないとする立場)であり、主[ロード]といえばロード・オブ・ザ・リング、神[ガッド]といえばオー・マイ・ガッドぐらいしか口にしたことがないぐらい世俗的な人。聖書にあまり馴染みのない日本人でも親しみやすい。意味不明な教えを前にして何度も後退しつつ、一年ののちに著者がたどりついた結論にも共感を覚える。
 荒野に隠遁するわけではなく、ニューヨークでふつうに暮らしながら聖書の教えを実践しようというのだから、事件が起こらないわけがない。都会の誘惑と好奇の目に耐えつつ、エスクァイア誌のシニア編集者として、禁欲や“中傷(ゴシップ)するな”の教えと格闘する日々は、笑いを誘う。著者お得意のトリビアやギャグも随所にちりばめられていて、大いに楽しめる。
 その証拠に、本国では二〇〇七年十月の刊行以来、今日までハードカバー、ペーパーバック、電子書籍合わせて約五十万部を売り上げた。関心の高さや人気はインターネット書店のアマゾン・コムのレビューにも見てとれる。二〇一一年八月現在、レビュー数六八五、うち六割が☆五つ、二・五割が☆四つをつけている。ちなみに、最も参考になったとされるレビューのタイトルは“汝、この書を読むべし”だ。

目次

日本版への序文
はじめに
準備

第1月 九月
 初日 プロジェクトを実行に移す
 第2日 産んで増やすI
 第2日の続き 祈るI
 第5日 混紡の服の着用を避ける
 第6日 欲しがらないようにする
 第7日 計画を見なおす
 第11日 アーミッシュの村を訪ねる
 第13日 宗教顧問から助言を受ける
 第14日 十分の一の献げ物をするI
 第23日 子どもに鞭を打つ
 第30日 聖書の世界に生きる自分をヤコブと命名する

第2月 十月
 第31日、朝 イスラエル行きを計画する
 第31日、午後 角笛を吹く
 第34日 生理中の妻との接触を避ける
 第36日 祈るII
 第37日 うそをつかないようにするI
 第40日 創造博物館を訪ねる
 第42日 借金を帳消しにする
 第44日 聖書解釈の歴史をひもとく
 第44日、午後 苦しむ人にワインを差し出す
 第45日 安息日を守るI
 第46日 エホバの証人を家に招く
 第47日 小屋を建てる
 第50日 怒りをこらえる~スープキッチンでボランティアをするI
 第55日 ハシディムのダンスパーティに参加する
 第61日 預言書を読みなおす

第3月 十一月
 第62日 石打ちの刑を執行する
 第64日 祈るIII
 第67日 神を知らぬ者と対峙する
 第70日 ひとの悪口をいわないようにするI
 第72日 元おじの自伝を読む
 第75日 像をつくらないようにする
 第77日 創造論について再考する
 第78日 ひとの自由意志を尊重するI
 第80日 最も解せないきまりを挙げる
 第82日 盗まないようにするI
 第84日 隣人を愛するI
 第87日 産んで増やすII
 第91日 敬虔な愚か者になる

第4月 十二月
 第93日 ホリデーシーズンをやり過ごす
 第95日 いかなるときも純白の衣を着る
 第97日 安息日を守るII
 第101日 眠れない夜を過ごす
 第103日 祈るIV
 第105日 性欲と闘うI
 第107日 性欲と闘うII
 第109日 性欲と闘うIII
 第110日 一夫多妻制について調べる
 第111日 盗まないようにするII
 第114日 渇いている人に水を差し出す
 第114日の続き 信仰生活について指導を受ける
 第117日 親の因果が子に報いる
 第120日 わけありの子が大物になる
 第122日 聖書の儀式が身についてくる

第5月 一月
 第124日 ひとのいうことにいちいち反応しないようにする
 第126日 神について子どもにどう教えるか悩む
 第127日 元おじとコンタクトをとる
 第128日 戸口の柱に神の言葉を書き記す
 第131日 ひとの悪口をいわないようにするII
 第132日 産んで増やすIII
 第133日 供犠をする
 第135日 落ち穂を残す
 第138日 十弦の琴を奏でる
 第140日 食物規定を守る
 第140日の続き 虫を食べる
 第142日 老人の前で起立する
 第143日 背筋を伸ばして歩く
 第148日 隣人がなくしたものを見つけて返す
 第153日 身体状況を点検する
 第154日 神意をはかる

第6月 二月
 第155日 母鳥を巣から追い払い、卵をとる
 第161日 息子を失ったダビデの心情を察する
 第168日 赤毛の牛を捜し求める
 第169日 一歩後退する
 第177日 隣人を愛するII
 第179日 うそをつかないようにするII
 第180日 祈祷ひもを巻く
 第181日 聖書の著者について考える
 第181日、午後 心境に変化が表われる

第7月 三月
 第184日 ウィンクを禁止する
 第187日 産んで増やすIV
 第191日 祈るV
 第196日 聖地巡礼の旅に出発する
 第197日 エルサレムに到着する
 第198日 ネゲブ砂漠へ向かう
 第198日、夕方 旧市街で孤独に苛まれる
 第201日 果実を十分の一取り分ける
 第202日 サマリア人を訪ねる
 第204日 祈るVI
 第205日 元おじと会う

第8月 四月
 第215日 『十戒』を観る
 第219日 喜捨をする
 第222日 妻が不正確なはかりを使う
 第223日 ワインを楽しむ
 第229日 過越祭を祝う
 第230日 「神の思し召しなら」という
 第232日 双子が争う
 第233日 ひとと握手しないようにする
 第234日 父母を敬う
 第236日 隣人を愛するIII
 第237日 奴隷候補が現われる
 第237日、午後 祈るVII
 第238日 信仰心が刻々と変化する
 第239日 思いやりのある人間になる
 第240日 掟を守ることに喜びを覚える

第9月 五月
 第243日 新約聖書の掟に取り組む
 第247日 ファンダメンタリストのメガチャーチを訪れる
 第256日 ゲイの聖書研究会に参加する
 第263日 祈るVIII
 第264日 レッドレタークリスチャンと話をする
 第268日 十分の一の献げ物をするII
 第270日 悪を記録しないようにする
 第271日 何者かの視線を感じる
 第272日 奇跡について考える
 第273日 親を打った子に罰を与える

第10月 六月
 第277日 神の名や罵り言葉を発しないようにする
 第279日 地上の法規を遵守する
 第286日 性欲と闘うIV
 第287日 字義解釈について考える
 第290日 うそをつかないようにするIII
 第292日 極右のキリスト教思想を知る
 第297日 蛇使いの教会を訪ねる

第11月 七月
 第306日 スープキッチンでボランティアをするII
 第309日 原始のライフスタイルを試してみる
 第314日 幹細胞と人工妊娠中絶について考える
 第324日 ひとの不幸を笑えなくなる
 第332日 ひとの自由意志を尊重するII

第12月 八月(と九月前半)
 第336日 身寄りのないやもめを大事にする
 第359日 双子が誕生する
 第361日 双子の世話に追われる
 第363日 うそをつかないようにするIV
 第366日 赤ん坊に割礼を施す
 第372日 隣人を愛するIV
 第374日 めいのバットミツバを祝う
 第378日 一年を総括する
 第381日 ひげをそる
 第387日 奪ったものを返す

原註
謝辞

訳者あとがき
参考文献

略歴

[著者]
A・J・ジェイコブズ A.J.Jacobs
1968年ニューヨーク市生まれ。名門ダルトン校を経てブラウン大学卒業。「エスクァイア」のシニア編集者で「エンターテイメント・ウィークリー」のライター。ニューヨーク・タイムズなどにも寄稿。著書に『驚異の百科事典男――世界一頭のいい人間になる!』(文春文庫、原題“The Know-It-All : One Man’s Humble Quest to Become the Smartest Person in the World”)、『劇的瞬間の気もち』(筑摩書房)など。昨年、Humble Quest第3弾ともいえる“My Life as an Experiment : One Man’s Humble Quest to Improve Himself by Living as a Woman, Becoming George Washington, Telling No Lies, and Other Radical Tests”を刊行。いちおうユダヤ人。強迫性障害でバイ菌恐怖症。

[訳者]
阪田由美子(さかた・ゆみこ)
1958年東京生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。翻訳家。主な訳書に、エリック=エマニュエル・シュミット『小説 イエスの復活』、『100歳の少年と12通の手紙』、ドナ・W・クロス『女教皇ヨハンナ』、カトリーヌ・パンコル『伝説のジャクリーン』、ビアンカ・ランブラン『ボーヴォワールとサルトルに狂わされた娘時代』など多数。

● 装丁/松田行正、日向麻梨子
● 編集協力/オフィス・かいう