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ジダン 物静かな男の肖像

ジダン
パトリック・フォール/ジャン・フィリップ 共著
小林 修 訳
  • 書籍:品切れ
  • 四六判・上製/432ページ
  • ISBN978-4-484-10103-3 C0023
  • 2010.04発行

神に愛された男――1998年W杯優勝・2006年W杯準優勝の原動力となったフランス・サッカー界の偉大な司令塔、ジネディーヌ・ジダンの〈人間像〉に迫る本格的評伝!

内容

 長年ジダンのプレーを間近で見てきたスポーツジャーナリストが、本人や家族、周囲の人々への取材を重ね、ジダンの少年時代から2006年W杯決勝での「頭突き一発退場」事件までの軌跡をたどった本格伝記。
 節目となった試合の経過や、その結果に対する周囲の反応や評価、クラブチーム移籍の際の裏話的エピソードまでが丹念に書き込まれているだけでなく、「物静かな男」ジダンの人間としての魅力も描く。
 豊かではないが厳しさと愛情に満ちた生家、控えめで恩義を忘れない人間性、ピッチの内と外とではまったく別人と思わせるほど荒々しいサッカーへの愛情、家族を愛する家庭人としての強い責任感――アルジェリア移民の子であるジダンがなぜフランス国民から愛されたか――人間ジダンの実像を描き出す。
 巻末付録として、ジダンが在籍したクラブチーム、獲得したタイトル、主要な試合結果などのデータを掲載。少年時代のスナップを含む16頁・全27点のカラー写真(口絵)付。

「サッカーは相変わらず戦争になぞらえられ、勝敗を決する演目でありつづけている。勝敗をくぐり抜けて人々の心を打つジダンのようなプレーは、フィジカルの強さのまえで徐々に居場所を失っていくだろう。しかし、ジダンのプレーに拮抗する言葉はどこにもないのだ。そして、言葉にできない身のこなしこそ、サッカーにおける最高度の言葉であり詩であることを、ジダンだけが知っていたのである。」(堀江敏幸「解説 世界をゼロから立ち上げるひと――」より)

プロローグ 輝ける幸運の星

 1998年7月12日。ジネディーヌ・ジダンとそのチームは、フランスのサッカー史上初めてワールドカップの決勝戦を戦った。思いもよらない決勝進出で、代表チームは伝説的な最初の栄冠を手にした。〈レ・ブルー〉(フランス代表チームのニックネーム)は、彼らの天才的な司令塔の2ゴールで、そのユニフォームに栄光の星を1つ飾ることになった。フランスにとっては、1人のヒーローの出現である。
 2002年日韓ワールドカップ。過大な楽観主義と、予想外の予選リーグ敗退。初戦からフランス代表チームの栄光は地に落ち、1ゴールも決められなかった。負傷したジダンはわずか1試合に出場しただけで、光彩を放つチャンスさえなかった……。
 2004年夏。ユーロ(ヨーロッパ選手権)が残念な結果に終わると、精神的にも肉体的にも疲れきったヒーローはフランス代表チームを退く。引きつづき2006年ワールドカップ出場をかけた予選を戦う気力が湧かなかったのである。だがやがて、誰も想像しなかったことが起こる。フランス代表チームが2006年ワールドカップの出場を果たしたばかりか、ジダンにとっては2度目となる決勝戦を戦うことになったのである。ジズーが〈レ・ブルー〉に復帰し、ワールドカップでプレーし、ブラジル戦で見事な活躍を見せると誰が予想しただろうか。まして彼がこの大会のMVPに選ばれ、イタリアとの決勝前半7分に〈パネンカ・キック〉(70年代に活躍したチェコスロヴァキアの名選手パネンカの名前をとったボールの蹴り方。PKでゴール真ん中にふわりとしたボールを蹴る)を決めることなど考えられなかった。
「《入れ!》と祈ったよ」
 ジダンはそう言って、この信じがたいほど勇敢なペナルティキックを説明する。だが試合は延長までもつれ、残り時間10分というところで彼の姿はピッチから消える。世界じゅうのサッカーファンがさまざまな憶測を述べる、あの復讐の頭突きの一撃のために。
 プロサッカー選手として最後の試合での、最後の行為。そこにジダンの魂が表われている。彼の名前は残るだろう……多くの名選手がそうであったように、ジダンの名前はサッカーの歴史にくっきりと刻まれるにちがいない。2005年の8月に代表チームに復帰を果たす前から、ジダンが天才プレーヤーの集う神殿(パンテオン)のなかで、どの場所を与えられるかはサッカーファンの大きな関心の的だった。ペレの後ろか? マラドーナの前なのか? 鮮烈で華麗なカムバックを果たし、たとえ2つ目の栄冠を手にできなかったとしても、彼は間違いなくフランス人の心を超えたところで1つの場所を占めることになるだろう。たとえ一瞬の残像にとらわれた人たちが、どのように考えたとしても……。
 そんな連中は映画館から出てくる観客と同じではないか。最後の映像しか記憶にとどめようとしないのだから。もちろん最後の映像は苦い味を残した。だがあの行為は、ジネディーヌ・ジダンのサッカー人生のすべてではない。彼は数々のタイトルを手にしたばかりか、誰もが称賛するプレースタイルを確立した名プレーヤーなのだ。しかも彼は、子供や若者をサッカーというスポーツに引き寄せた功労者だった。反則すれすれの汚いプレー、ラフなアタック、退屈なゲーム展開――こんな試合を繰り返し見せられたら、観客は興味を失うものだが、ジダンの見事なプレーはそれを阻んできた。だから、最後のあの瞬間の残像は、真摯で寛大に生きてきた彼のそれまでの人生とは相容れないものであり、本当の物語の誇張された結末にすぎないのである。
 マルセイユ郊外で育った控えめな少年が、みずから意図したわけでもないのにスポーツの枠を超えて大衆の世界的なスターになる――これこそが彼の本当の物語である。見てくれや派手さとは無縁で、男らしさに欠けると思われることも多い物静かで勇敢な人物――それがジダンという男なのである。
 あの最後の行為を目撃した人たちのなかには、「この機会に、スポーツにおける不正、人間としてのモラル、マスコミの倫理観が見直されることを望む」と述べる者もいる。この意見ははたして、実現不可能な理想論にすぎないのだろうか。
 また別の人たちは、「運命は不公平だ!」と叫んで、彼の最後の行為を闇に葬ろうとする。しかし、ジダンほど幸運に恵まれたプレーヤーが新人選手のなかに何人いるだろうか。ペレは間違いなくけた違いの選手だったが、ジダンもあと10分ほどで、ペレに匹敵する大成功をおさめるところだったではないか。
 ジダンは1992年にASカンヌを離れたが、もしその気があればチームにとどまることもできた。だがもしとどまっていたら、彼は永遠にディヴィジョン1(D1)でプレーできなかったかもしれない。そして1998年、もしサン=ドニで、ロベルト・カルロスがフランスに決定的なコーナーキックのチャンスを与えなかったら……。さらに2002年のグラスゴーでも、同じロベルト・カルロスがセンタリングに成功していたら……。このときカルロスの失敗があったからこそ、この年のチャンピオンズ・リーグ決勝でジズーの決めたゴールが伝説になったのである。2006年のワールドカップ予選リーグで、フランスがスイスに勝利できなかったことも、ジダンには幸いした。そしてブラジル戦で決勝点となるボレーシュートをティエリ・アンリが決められなかったら……。ポルトガル戦で審判がフランスのファールをとっていたら……。
 こうした幸運は、ほぼ20年前から続いていた。1986年、ヴァロー氏の車がエクサン=プロヴァンスの道路で故障しなかったからこそ、その後のジダンがあるのだ。20年という歳月は才能豊かな少年たちを大きく成長させる。ジダンもまた、フランス・ワールドカップ決勝に興奮したフランク・リベリーのように、少年の心を揺さぶる感動に導かれてサッカーを続けてきたのである。
 不公平……運命が?
 ジズーが去ってからのフランス代表チームのユニフォームには、相変わらず栄光の星が1つしかついていない。だが〈レ・ブルー〉の上にはもっと美しい星が輝いている。それは、サッカーの頂点をきわめた男ジネディーヌ・ヤジッド・ジダンの幸運の星である。いつか〈レ・ブルー〉もそのことを思い出すだろう。
 ジネディーヌはジズーになった。あとは昔のヤジッドに戻るだけである。すぐにジダンもベテラン(退役軍人)と呼ばれるようになるだろう。彼はアマチュア・ライセンスの取得を拒まなかった。これでまた公式戦や親善試合を戦うことができるようになったわけである。しかしこんどは、純粋にテクニックやゲームを楽しむためのサッカーをやることになる。ちょうど目の肥えたスカウトが背の高い痩せた少年の動きに目をとめた、あのときのように。少年にはあのときから類いまれな才能が備わっていた。独自のプレースタイル――それこそジダンのもって生まれた才能なのである。

目次

序文 フランク・リベリー

プロローグ 輝ける幸運の星
1 貧民街で育った内気な少年
2 プロへの扉、カンヌへの旅立ち
3 聴覚のプレーヤー、ジダン
4 D1初ゴール!
5 ボルドーへの移籍、そして結婚
6 スター軍団〈ユヴェントス〉へ
7 1998年、フランス・ワールドカップ開幕
8 人生を変えた2つのゴール
9 FIFA年間最優秀選手
10 銀河系軍団〈レアル・マドリード〉
11 進化を続ける〈世界最高の選手〉
12 思いがけない〈神の復活!〉
13 〈神が愛した男〉の現役引退
14 2006年ワールドカップ、ジダン最後の挑戦
15 挑発の〈落とし穴〉
エピローグ 夢の果てまで

謝辞
ジネディーヌ・ジダンの経歴と戦績

解説 世界をゼロから立ち上げるひと―― 堀江敏幸

著者

ジャン・フィリップ(Jean PHILIPPE)
フランス・ニースの新聞『ニース=マタン』のカンヌ編集局記者。ジダンとは、彼がデビューしたときから面識がある。ジダンも出演して2005年から2006年に撮影されたドキュメンタリー映画『夢のチーム』(2006年度カンヌ映画祭〈批評家週間〉で先行上映)の原案者。

パトリック・フォール(Patrick FORT)
AFP(フランス通信社)のマドリード駐在員を5年間務める。ジダンとは、彼がレアル・マドリードに移籍したときから2006年ワールドカップの最終試合まで、定期的に会っていた。

訳者

小林 修(こばやし・おさむ)
1954年生まれ。武蔵大学仏文専攻卒、同大学院同専攻中退。仏文翻訳家。主な訳書に、ババン『フロイト──無意識の扉を開く』(創元社)、ブリュネ『フリーメーソン 封印の世界史』(徳間書店)、G・ド・ヴィリエ『アルカイダの金塊を追え』、M・ガロ『カエサル!』(共に扶桑社)など多数。

●装訂/三村 淳
●編集協力/編集室カナール(片桐克博)