沈黙の美女 耳の聴こえない私がトップモデルになるまで

沈黙の美女
ブレンダ・コスタ 著

鳥取絹子 著

  • 書籍:定価1870円(本体1,700円)
  • 四六判・仮フランス装/236ページ
  • ISBN978-4-484-10104-0 C0098
  • 2010.03発行

生まれつき耳に障害を持つ少女が、生来の楽天的で積極的な性格で小さい頃からの夢だったモデルになるまでの感動物語。人生の素晴らしさを教えてくれる本です。

書籍

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内容

彼女は何も聞こえないが、相手の唇の動きを「すらすら」読んで、母国語のポルトガル語と英語はすべて理解、他の国の言葉も最低限は理解できる。聴覚に障害があるため、自分では奇妙な音や、たまに言葉の断片でしか表現できない……にもかかわらず、彼女は22歳で国際的なトップモデルになった! 彼女自身が素晴らしいのはいうまでもないけれど、生き残り競争の厳しいモード界ではそれだけでは不十分。ではどうして? 奇跡? いいえ、これは勇気と粘り強さがもたらしたもの。

まず最初に挙げなければいけないのが両親だ。娘を聴覚障害者の狭い世界に閉じ込めるのを拒否、著名な発音矯正士の治療を受けさせるために人の倍も仕事をしている。こうしてブレンダは手話を習わず、相手の口の動きで言葉を学んでいく。普通の学校に通い、クラスメイトの残酷ないじめにあいながらも、最後はみんなに愛され、慕われていく。それほど彼女のもって生まれた幸せの才能と、ハンディキャップを忘れさせようとする決意は大きく、人から人へと伝わって……

そうして若い女性に成長した彼女は、「他人と同じように」生きることを身につけていく。愛し、愛され、そして子供の頃からの夢、リオの太陽に焼かれたブラジル人少女の夢――モデルになること――を実現していく。それも期待以上に。

この本は、陽気とも言える闘い、この成功の大きな部分をになう比類のない母娘関係、そして希望の教訓である。

「はじめに」より 守護神は海の女神イエマンジャ……

私はいつも幸運に恵まれていました。生まれつき耳の聞こえない私が本心からこう言ったら、気が変になったと思われて、信じてもらえないかもしれません。聴覚がまったくないので、人に聞いてもらえるのは(いまだに)擬音語だけ、それも完全なのはごくわずか、何を言っているのかわかってもらえないときがたくさんあります。それでも言います、誓います。私、ブレンダ・コスタ、生粋のブラジル人であることに誇りを持つ私は、生まれたときに揺り籠を覗いていた妖精たちを非難することはありません。
いずれにしろ、私には言葉が使えない! 沈黙の子供、真夜中の女の子(産声を上げ、初めての涙を流したのは、シンデレラが馬車に乗ったと思われる時間だったから)の私が、人生に対して言わなければいけないのは「オブリガーダ」(母国語のポルトガル語で「ありがとう」)だけ。それはいまも変わりません。
オ・ブリ・ガー・ダ! ええ、この言葉は発音できます。それもとても上手に! 生まれたときにはかり知れない贈り物をもらったのを自覚して、使いすぎるほど使ってきたからです。素晴らしい両親と、見た目のいい容姿(そうではないと言い張ると本心を偽ることになります。もちろん精神に注意を向けてもらうほうが嬉しいのですけれど)、耳に障害があっても健康な身体、裏切らない友人たち、そしていまは満足できる仕事。
ありがとう、オ・ブリ・ガー・ダ……。私は死ぬまでこの言葉を繰り返すでしょう。耳の聞こえない赤ん坊の揺り籠に金粉を降りそそぎ、不確かな将来を駆けのぼる力を与えてくれた神さまへの、絶大な感謝の気持ちから。
あ、い、う……。子音と母音を永続的に発音するのは、私にとっては大変な闘い。でも、母音はおおむね大丈夫。咽の奥から出る音が舌にそってすべり、唇のところでなんとか止まって、それらしき調和の取れた音になるのです。ところが子音は手に負えません。お互いぶつかりあって、怒って空を飛ぶカモメの叫び声のように甲高く響きます。
自分の舌でよくたとえるのは、空港で荷物を引き取るときのターンテーブル。ぐるぐると無表情に回るベルトの曲がり角に、トランクやバッグが現われるまで長く待たなければならないことがよくあります。困惑した係官から、荷物がどこかで紛失して、見つかる可能性はごくわずかと言われることも。調子の悪い日は舌が言葉を見失ってもたもたし、咽から出た音が全部、ほてった咽頭にわあっと噴出して、ただでさえ気まぐれな発声がめちゃくちゃになってしまいます。調子っぱずれの音は私をいらつかせます。でも、それもなんとか共存できるようになり、いつかは自分が優位に立って、パートナーとして受け入れられるようになりたいと願っています。いずれにしろ、それに向けてがんばっているところです。
私の言葉? それはショーや撮影でたまたま着る服と少し似ています。「手縫い」「注文服」「オートクチュール」、どの服もうまく作られているのですが、それぞれが調和することはありません。でも、一つひとつは存在していて、それぞれに独特の色がある。耳の障害を深刻にとらえない私が、それぞれに与えた色です……。
母のファティマがよく言います。もし神さまが私に言葉を与えていたら、私の口は回りっぱなしで、世界一おしゃべりな女の子になっていたでしょうって!
でも、神さまは私を耳の聞こえない子にしました。いいえ、ものが言えないのではない、これははっきりしておきます。言葉の流れが障害にぶつかることが多いだけ。そのかわり、気持ちだけは豊かに育っています。質素な生活で贅沢はさせてもらえませんでしたけれど、「身体障害者」だからといって諦めるようには決して言われませんでした。これ以上、何に文句が言えるでしょう?
私の生まれたブラジルは多彩な国、香りと味覚があふれ、サンバやボサノバのリズムに乗って過激なことも許されます。私の大好きな母国。長く離れていると恋しくてたまらなくなる国。ブラジルではカメラの前に立つずっと前から、一つの星が私に光を降りそそいでくれていました。そのお返しに、私はその星のために輝こうとしています。どんなに辛いときも、途方に暮れて頭が空っぽになったときも、その星は絶対に手放しません。空っぽになるときはいまもあります。なぜなら、私は人と「違っている」から、拒否されることがよくあるからです。
私が初めて仕事でフランスへ行ったとき、前歯がすきっ歯なのを見て「幸運の歯」と言われました。でも言わせてください。耳の聞こえないこの女の子、自分の話を聞いてもらうためなら相手をさえぎっても意味不明な言葉を発する私には、どこへ行こうと、何をしようと、美しい星がついてくれているのです。
星? でもどんな星でしょう? 守護天使、聖女、神さま……。
世界でいちばんカトリック教徒の多い国ブラジルでは、宗教や新興宗教、迷信が自然に、何の偏見もなく混ざりあっています。信仰が何より上なのです! 形は何でもいい、信仰する心。神秘的な信仰も、狂信者や貧しい人たちだけのものではありません!
私の星についても、私がいつも首の鎖につけているお守りを抜きにしては語れません。十字架、ガラスの目(結びつきの象徴)、聖母マリアのメダル。いずれここにファティマの手やダヴィデの星……が加わるかもしれません。なぜなら、これらの信仰、印、人の心を打つものの数々は、銀河系のはるか上にある見えないものの存在、結局は一つなのです! 信じすぎかもしれないけれど、ばかにしてはいけません。私の星も天体のわずかな破片、本当に小さなダイヤモンドですが、天空の大きさで私の聾(ろう)を和らげ、言葉の障害を吹きはらってくれます。私はその星が何なのか、ずっと知らずにいました。そして、ある日……。

(中略)

この本で私の短い半生を通してお話ししたいのは、じつはこの光についてです。暗く落ち込むたびに、この光が私を明るくしてくれました。私は「障害」の罠につかまると、もうひとりのブレンダになってしまい、わめいて足を踏み鳴らし、不安から半狂乱になって、いらいらをぶつけます。私が全部理解できることを他人がわかってくれないのが理解できなくて……。病気でも知的障害でもなく、言葉の洪水と、自分とは違う話し方をする人とのあいだに時差があるだけなのをわかってもらえなくて。
この光はたぶん、みんなが持っていると思います。でも、恵まれている人たちにはあまり必要がないので見えないのでしょうか? そういう私自身も、若いとはいえかなり遅れて気づいています。もしかしてイエマンジャは、私が世界の騒々しさに無感覚だった赤ん坊のときからすでに見守ってくれていたのではないでしょうか? 両親も見守り、かげりのない未来を約束して、困難を困難と思わないように導いてくれたのではないでしょうか?

目次

はじめに 海の女神イエマンジャ……

第I部 私のヒーローは両親
1 街角での出会い
2 パパの愛しい聾(ろう)
3 ママ、パパ……コカ・コーラ!
4 両親の別れ
5 自己の確立

第II部 人生という名の学校
6 絶対にモデルになる!
7 初恋のときめき
8 進むべき道が私を呼んでいる……
9 みんなと完全に同じでもないし、まったく違ってもいない

第III部 幸せのメロディー
10 恋する女
11 初めての困難
12 自立へのデビュー
13 未来が広がる……

第IV部 私たちの夢が叶うまで
14 第三の目
15 たったひとりの旅立ち
16 アメリカの夜
17 諦めるのはまだ早い
18 トゥード・ボン(すべてうまくいく)
19 イエマンジャと……みんなのおかげ!

謝辞
訳者あとがき

著者

ブレンダ・コスタ(BRENDA COSTA)
1982年11月8日、リオデジャネイロ生まれ。生まれつき聴覚障害をもつ国際的なトップ・モデル。太陽と浜辺が大好きで、15歳のときイパネマの浜辺でモデル・エージェント〈メガ〉にスカウトされ、16歳でプロのモデルとしてデビュー。2002年にニューヨークに渡り、世界最大手のモデル・エージェント〈エリート〉と契約。その後パリへも進出し、女性誌『エル』『マダム・フィガロ』などの表紙を飾る。2008年には、モデル専門ウェブサイト〈models.com〉の企画で、世界で最もセクシーなモデル・トップ25のひとりに選ばれる。その間、著名なサッカー選手ロナウドとの恋愛関係の噂が流れたこともあった(本人はその噂を否定)。現在は新しい恋人、カリム・アル=ファイドと共にロンドンに住み、2008年7月に、彼とのあいだにできた女の子を出産している。

訳者

鳥取絹子(とっとり・きぬこ)
1947年、富山県生まれ。お茶の水女子大学卒。フランス語翻訳家、ジャーナリスト。著書に『大人のための星の王子さま』(KKベストセラーズ)、『フランス流美味の探究』(平凡社新書)など。訳書に『サン=テグジュペリ 伝説の愛』(岩波書店)、『移民と現代フランス』『退屈の小さな哲学』(ともに集英社新書)、『地図で読む世界情勢』(草思社)、『地図で読む世界情勢 衝撃の近未来』(河出書房新社)など多数。

●装丁/山下キエコ(SANKAKUSHA)
●編集協力/編集室カナール(片桐克博)

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