名画と解剖学 『マダムX』にはなぜ鎖骨がないのか

名画と解剖学 『マダムX』にはなぜ鎖骨がないのか

ミケランジェロは『デルフォイの巫女』の口もとにあえて1本多く歯を描いた。北斎は子どもの頭蓋骨をモデルに大人の幽霊『百物語 こはだ小平次』を描いた。レンブラント、ロダン、フェルメール、モディリアーニ、フリーダ・カーロなど、絵画・彫刻29作品の肉体に込められた謎を解く。

絵画の鑑賞は、一つの謎解きである。

芸術家は、ときに意識的あるいは無意識的に
モデルの病を描写し、
ときに解剖学の知識を利用して
作品に特別の意味を込める。

なぜこの人物が描かれているのか? なぜこの姿勢なのか? なぜ背景にこれが描かれているのか? なぜこの色の服なのか? 画家は様々な思いを込めて作品をつくりあげるが、その思いを言葉としてはあまり残していない。それらを探るにはテーマの背景となっている人間関係、歴史、画家個人の生涯に関する情報などが助けになる。たとえば中世ヨーロッパでは寓意絵と呼ばれるような数多くのメッセージを込めた絵画がつくられたが、アクセサリーや小物類の当時の比ゆ的な使われ方がわかると、その絵が表す教訓が見えてくる。同様に、時として解剖学の知識も作品を分析するよい道具となる。

画家には解剖学に通じた者も多くいて、彼らは骨格や筋肉を作品のなかで正確に描写している。解剖学的知識で特別な意味を込めた作品をつくっていることもある。また、画家はモデルとなった人物の病気を期せずして正確に描いていることもある。

それらを踏まえて本書では、こんな謎を紹介している。

・サージェントの『マダムX〈ピエール・ゴートロー夫人〉』は鎖骨が現れるはずの場所に凹凸がない。なぜか?
・『ネフェルティティの胸像』の優美な長い首のラインと、しわ取りボトックス注射の関係とは?
・ミケランジェロはなぜ『デルフォイの巫女』などの作品の口もとに1本多く歯を描いたのか?
・レンブラントは『ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴』のバテシバに知らぬうちに疾患を描きこんでいた?
・『手の洞窟』を見ると古代人の右利き・左利き率がわかる?
・モロー、ルーベンスなどプロメテウスを描いた画家は多いが、ついばまれる肝臓の位置を正しく把握していたのは誰か?

近年、研究家は解剖学的な視点からも、数百年間気づかれなかったような芸術作品の事実を次々と再発見している。私たちもじっくり作品を観察することで何か大発見をする可能性がある。

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