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フジ子・ヘミング運命の力

フジ子・ヘミング運命の力
フジ子・ヘミング 著
  • 書籍:¥1,800(税別)
  • A5判・並製/128ページ
  • ISBN978-4-484-01406-7
  • 2001/06発行
“魂のピアニスト” が初めて肉声で語った珠玉のエッセイ。読む者を感動させる愛、そして苦難を乗り越える人生の哲学、強い言葉。

書籍

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著者

フジ子・ヘミング(Ingrid Fujiko v. Georgii-Hemming)
 東京音楽学校(現・東京芸術大学)出身のピアニスト大月投網子と、ロシア系スウェーデン人美術デザイナー フリッツ・ジョスタ・ゲオルギー・ヘミングを両親としてベルリンに生まれる。
5歳の時に、一家で日本に帰国。母の手ほどきでピアノを始め、10歳でレオニード・クロイツァーに師事。青山学院高等部在学中の17歳の時コンサートデビューを果たす。18歳でスウェーデン国籍を失い、無国籍となる。
 東京芸術大学を経て、NHK毎日コンクール音楽賞入賞、文化放送音楽賞等を受賞。渡辺暁雄指揮による日本フィル等と共演、来日中のサムソン・フランソワに絶賛される。東京芸術大学卒業後ヨーロッパ留学を夢みるが、国籍の問題でかなわず、29歳で難民としてドイツに渡航。ベルリン国立音楽大学に留学。
ベルリン国立音楽大学卒業後、ウィーンでパウル・バドゥーラ・スコダ氏に師事し、今世紀最大の作曲家・指揮者の一人と言われるブルーノ・マデルナのソリストとして契約する。
1969年、レナード・バーンスタインはじめ、ニキータ・マガロフ、シューラ・チェルカスキー、ブルーノ・マデルナの推薦によって、ウィーンでのリサイタルが決定。しかし、リサイタル直前に風邪をこじらせて耳が聞こえなくなり、この時、すべてのコンサートをキャンセルした。
その後、ストックホルムにおいて耳の治療に専念。現在でも右耳の聴力は失ったままで、左耳は聴力が完全な時の40%に回復した。耳の治療の傍ら、音楽学校の教師の資格を得、以降、ヨーロッパの各地でピアノ教師をしながら演奏活動を行う。
 母の死後、1996年に日本に帰国。1999年のNHKのドキュメント番組をきっかけに再び注目を集め、デビューCD『奇蹟のカンパネラ』は、クラシック界では異例の200万枚を超える売り上げを記録している。
2011年には9月から1カ月におよぶ米国ツアーで、ロサンゼルス公演を皮切りに西海岸から東海岸へ大都市を横断して「東日本大震災 復興支援チャリティコンサートが開かれ、多くの人が彼女の演奏に魅了された。
2011年12月には自ら制作したフジコアルバム、ダギーレーベル第1弾『Ingrid Fujiko Hemming, Symphony Orchestra Camerata XXI,Tobias Gossmann』が発売されている。

目次

まえがき
 
■ピアノがあって…
小さい頃。嫌々ながらピアノを弾く毎日だった
私の音楽を聴いてくれる人がわずかでもいれば、それだけで幸せだった
この世は自分のためにあるのではないと思っていた
なにかにつけて目立ったけど、それが芸術家には大事なこと
音楽は批評家のためにあるものではない
楽屋からステージにむかうのは、地獄へ行くときのよう。ガクガク足が震えて
壊れそうな『カンパネラ』があったっていいじゃない。機械じゃあるまいし。まちがったっていいのよ
 
 
■人生
この世にはどこにもパラダイスなんかないのよ
人生はうまくいかないことのほうが、あたりまえ
カラヤンの前でピアノを弾かなかったけど、後悔はしていない。ものごとは慎重にやるべきね
心まで貧困になってしまったら終わり
生きることは、何事も経験だから
「人生の艱難辛苦から逃れる道はふたつある。音楽と猫だ」
人生なんて人に相談しても仕方がないことが多い
幸せってなんだろう
人のいっていることなんかわかったものじゃない。自分の肉眼でちゃんと見なきゃ
 
 
■家族
国籍なんて一枚の紙きれにすぎない。私には祖国はない
父のこと 「画家にだけにはなるな。食べていかれないから」
母のこと・その1 「日本にはおまえなんかの出番はない」
母のこと・その2 犬のように吠えたりはするけど、中身は迫力がなかった
母のこと・その3 母ほど純粋な人を、私は知らない
失意のどん底を救ってくれたのは猫だった
あきたらポイと簡単に捨てるでしょ。犬も猫も。サイテイ!
 
 
■恋愛
永遠の心の恋人 レナード・バーンスタインは理想の人だった
繊細で、ノーブルで、粋な人が好きだった
楽しかった仮装舞踏会
ひとりがいちばん気楽
 
 
■私の好きな世界
空想にひたっているのが、大好きだった
絵を書き始めたのは……
画家の誰が好きっていうことじゃないの
納得がいくまで、色を塗っていく。こうして絵が少しずつ完成していくのが楽しい
お金がなくても、バレエを観に行っていた
フラメンコや阿波踊りなんかも好き
映画は小さい頃から母に連れられてよく行っていた
学校をさぼって映画ばかり観ていた
たからものⅠ たからものは効果なものばかりじゃない
たからものⅡ 古いものに惹かれる
おしゃれ どんな服にも、必ず自分流のアレンジを加える
命の糧、じゃがいも
活発な子供じゃなかったから、裁縫や工作をするのが好きだった
ぶらぶらと歩くのが好き。幼い頃から、放浪癖があったみたい
芥川龍之介や島崎藤村をよく読んでいた。詩的な文章で、スマートな書きぶりが好き
お気に入りの一冊
音楽家との思い出 リチャード・クレイダーマンのこと
お気に入りのCD 六枚
住まいのこと
インテリアのこと 古いものに囲まれているほうが、私は落ち着く
日記をつける
パリとローマは、憧れの地
下北沢は日本のよさがわかるところ
 
 
■神様がいる
なにもこわいものはなかった。正直にやっていれば大丈夫だと思っていた
心配で心がふさぐと、いつも神に祈った
「たった一匹の雀さえ、神の思し召しなしに、この地上に落ちて息絶えることはない。まして人間は……」
「遅くなっても待っておれ。それは必ず訪れる」
 
 
あとがき
 
History of Fujiko


●デザイン/熊澤正人/大須賀 香(パワーハウス)