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PART 1 chapter 2いにしえのキャリステニクス

THE LOST ART OF POWER
強大なパワーを生み出す失われた技術

 トレーニング仲間と話していても、キャリステニクスという単語を耳にすることはほとんどないだろう。Calisthenics と綴ることができないパーソナルトレーナーも多い。キャリステニクスは、少なくとも19世紀から使われてきた英語だが、語源はとても古い。古代ギリシャの「美」を意味するkalos と「強さ」を意味するsthenos を組み合わせたものだ。

 キャリステニクスは、自分の体重と慣性を身体発達の手段にする技術だ。わたしがつくり出したコンビクト・コンディショニングはパワーと運動能力を最大化するように設計された、キャリステニクスの高度なカリキュラムといえる。残念なことに、現代のキャリステニクスは、ハードコアなストレンチトレーニングとは考えられていない。ほとんどの人が、プッシュアップ、クランチ、ジャンピングジャックや、その場で走ったりするような練習を思い浮かべるだろう。サーキットトレーニングの安易なジャンル、あるいは、運動する上での二次的な選択肢になっているのだ。しかし、昔はそうではなかった。

The Ancient Art of Bodyweight Training
古代から伝わる自重力トレーニング

 体重を利用してエクササイズすると、完璧な体躯とすさまじい筋力を手にすることができる。長い間、男たちの間で知られてきた話だ。先史時代からこれまで、パワーを開発し、それを誇示したいと望む男たちは、体重をコントロールすることでそれを実現してきた。体を持ち上げる、膝を曲げてジャンプする、腕と脚を使って地球から体を押し離す。結局のところ、こういった自然な動作が、わたしたちがキャリステニクスと呼ぶものに進化してきたのだ。

 古い時代の男たちは、持久力トレーニングとしてではなく、なによりも筋力トレーニングとしてキャリステニクスをとらえてきた。比類なき兵士が最大限の戦闘能力と威圧的な筋肉を発達させるために使ったのもこれだ。

 キャリステニクスのもっとも初期の記録のひとつに、歴史家ヘロドトスによるものがある。テルモピュライの戦い(紀元前480年)前夜の話だ。神の王クセルクセスが、レオニダス率いるスパルタ軍がいる谷に偵察隊を送った時のこと。戻ってきた偵察隊の報告がクセルクセスを驚かせることになる。スパルタの戦士たちがキャリステニクスで激しいトレーニングをしているという内容だったからだ。戦いの準備をしているスパルタ軍をクセルクセスは鼻で笑う。谷のこちら側にいるクセルクセス率いるペルシャ軍には12万人以上の兵士がいたからだ。一方、スパルタ軍はわずかに300人だった。撤退して道をあけるか、滅ぶかのどちらかを選べというクセルクセスのメッセージをスパルタ軍が拒否し、テルモピュライの戦いが始まる。そして、他のギリシャ勢力が合流するまで、兵力の少ないスパルタ軍がクセルクセスの大軍をせきとめることになる。たぶん、あなたは、ザック・スナイダーの叙事的な映画『300』(2007)でこの戦いのいきさつを知っているだろう。

 スパルタ人は、いまに至るまで、歴史上もっともタフな戦闘種族と見なされている。彼らは戦闘トレーニングにキャリステニクスを採用していたのだが、それが、なぜ、彼らがそれほどめざましい戦士であったかの理由になるだろう。また、スパルタ人はキャリステニクスを信じる唯一の古代ギリシャ種族ではなかった。原初のオリンピックの偉大なアスリート全員がキャリステニクスを訓練していたことをパウサニアス(ギリシャの旅行家、地理学者。『ギリシャ案内記』の著者として知られる)が書き残しているからだ。そこには、古代世界にいたボクサー、レスラー、ストロングマンが登場する。アテネの陶器、モザイク、建築物の飾りなどにも、キャリステニクスでトレーニングするシーンがたくさん刻まれている。「ギリシャの神」という言葉からわたしたちが思い浮かべる身体的理想像は、キャリステニクスでトレーニングし、競技に出ていたアスリートのイメージからきている。ギリシャ人には、キャリステニクスを使えば、体がもともと持っている潜在的な力が最大限に引き出されることがわかっていた。今日のボディビルダーのように醜くふくらませるのではなく、彼らが目指したのは、均整がとれた自然美だ。それを、体そのものをウエイトにすることで実現していた。軽すぎもせず、重すぎもしないウエイトは、母なる自然がつくり出す完璧な〝抵抗〟だ。ギリシャ人は、キャリステニクスが強さと運動能力だけでなく、優美な動作と、美しい体をもたらすことを理解していた。これが、ギリシャ語の〝美しさ〟と〝強さ〟を融合させた、キャリステニクスの語源につながっている。

 キャリステニクスのトレーニング技術は、多くの文物とともに、ギリシャ人からローマ人に手渡された。組織された軍として頂点を極めたローマ軍に対し、キャリステニクスは、円形闘技場で戦ったグラディエイターに引き継がれることになった。ローマの歴史家リウィウスが、ルーディ(トレーニングキャンプ)の日に、グラディエイターたちが自重力トレーニングをどのように行っていたかを書き残している。たゆみない訓練によってとてつもない強さを手にしたグラディエイターたち。人々は、その力を、死んだ女と、神々と戦った巨人タイタンの間に出来た不義の子の末裔しか持てないものだと噂した。その後、スパルタクスと彼が率いるグラディエイターたちが皇帝に対して反乱を起こすことになる。武器も無く、数が少ないにもかかわらず、グラディエイター戦士たちは、ローマ軍を次々と打ち破っていった。戦闘トレーニングと融合させたキャリステニクスがローマ帝国を壊滅寸前まで追い詰めたのは、紀元前1世紀のことだ。

 過去、キャリステニクスのシステムが多数あったことは疑う余地がない。歴史家が伝える記述や芸術に残るイメージから知る伝説的な戦士とアスリートが用いたシステムは、現代の〝キャリステニクス〟とは似ても似つかぬものだ。エアロビクスをソフトにしたようなものではなく、体操のようにも見えるがパワーや筋力を確実に開発する技術だった。

The Tradition of Strength
強者から強者へと受け継がれていくシステム

 この身体トレーニングシステムは、ローマ帝国崩壊後も受け継がれた。アスリートを強くする究極の方法は、体重を操ることにある。それは、人類の歴史のほとんどを通じての公然の秘密であり、戦士から戦士へと伝えられていく情報になった。

 何世紀もが過ぎた頃、そのトレーニングシステムは、遠く、ビザンチウムとアラビアの軍事キャンプで生きながらえていた。十字軍の遠征があり、今度は、十字軍の兵士たちがヨーロッパにそのシステムを逆輸入することになる。戦争に明け暮れ、強靭さに関する知識に飢えていたヨーロッパに、なかば忘れ去られていたトレーニング技術が復活したのだ。当時は、従者が騎士になるための学校があり、そこでの身体トレーニングがキャリステニクスに基づくものであったことを示すたくさんの証拠が見つかっている。彩飾写本やタペストリーに描かれている、木や木製の器具でプルアップを行い、ハンドスタンド・プッシュアップのように見える離れ業を演じる従者たち。バーベルやダンベルがない中世の兵士たちがパワーを得るためにキャリステニクスを使っていたことには議論の余地がない。その中世には信じられないほどの筋力を持つ者たちがいた。ヘンリー5世が愛した大弓の射手たちは、木を根ごと引っこ抜くほどの力を持っているという記録が残っている。この話は、王によるプロパガンダだった可能性もあるが、ヘンリー8世の巨大帆船メアリーローズから回収された大弓は、900ニュートンの引き伸ばし重量があった。およそ90キロだ。現代のアーチェリー選手に、その弓を扱える者はいない。

 これらの古いトレーニング法は、軍事的に必要とされたことでルネッサンスを生き抜き、その後、日々の糧を得るために、村々や市街地、王宮で離れ業を演じる吟遊詩人、曲芸師、歌手、ジャグラーなどによってヨーロッパ周辺諸国に広がっていった。その普及は、あらゆる知識に価値があり、知識すべてが人類への祝福だと考える啓蒙主義の時代まで続いていく。

 筋力を鍛えるための自重力トレーニングは、19世紀を通して生き続けた。実際、古代ギリシャ時代が身体文化の最初の黄金時代だとすると、19世紀後半が第二の黄金時代に当たるだろう。すべてが急速に変化する時代の中で、自重力トレーニングが持つ卓越した価値に気づいた専門家たちが、科学的な記録を残し始めている。プロイセンでは、元軍事司令官のフリードリヒ・ルートヴィヒ・ヤーンが最小限の装置を使った自重力トレーニングを体系化し始めていた。そこから、水平棒、平行棒、跳馬、平均台などを使う、現在の「体操」が生み出されていった。ルネッサンス期の吟遊詩人が流行らせた巡業式怪力ショーの伝統がサーカスに受け継がれ、ストロングマン時代が始まった。驚異的なアスリートが世界中に旅だっていき、アーサー・サクソン、G.W. ローランド、ユージン・サンドウなどが伝説をつくっていった。いまも、プロボディビルディング界の最高峰に贈られているミスター・オリンピア像は、サンドウの力強い体躯をイメージしたものだ。彼らは人類史に残る強さを体現していた。サクソンは、片腕で約175キロを頭上まで持ち上げた。ローランドは3セットのトランプを重ねて引き裂いた。胴体に巻きつけた鉄の鎖を、筋肉を収縮させるだけで引きちぎったのはサンドウだ。彼らの体づくりに重要な役割を果たしたのがキャリステニクスだ。20世紀まで、おもりを重ねるバーベルとダンベルが発明されていないことを思い出してほしい。この発明の前は、筋肉で覆われた上半身は、逆立ちと、頭上にある水平バーによってつくられていたのだ。

Twentieth Century Greats
20世紀の怪物アスリートたち

 20世紀前半に至っても、自重力トレーニングが強者の伝説のほとんどをつくっていた。片足スクワットができ、プルアップを難なくこなし、腕だけで全体重を支えることができない限り「強者」とはみなされない時代。バーベルとダンベルを使う人も出てきたが、それは、体重を使った離れ業を習得した後に手を出すものだった。

 超重量級の体を持ちながら、高度なキャリステニクスをマスターした男もいた。英国のストロングマンで後にレスラーになったバート・アシラティだ。1930年代、アシラティは、後方ブリッジをやった後に地面を蹴って片腕立ちになる技で群衆を驚かせた。109キロを超える体重があった。アシラティはハンギングリングを使う大技「アイアンクロス」をこなした歴史上もっとも体重があるアスリートであり続けている。

 40年代、50年代を通じて、もっとも強力なアスリートだったのはカナダのダグ・ヘップバーンだろう。ヘップバーンは、歴史上、最高の重量挙げ選手だと考えられていて、227キロをジャークした。ラックから外した159キロを完全にプレスできた。ステロイドとパフォーマンス・ドラッグが生まれる前のことだ。136キロのはかりを壊すほどの体重があり、上半身はビュイックのように大きく、肩幅がドア枠よりも広かった。重量挙げに秀でていたヘップバーンだが、その異様なパワーはハンドスタンド・プッシュアップで培ったものだと言っていた。支えなしのハンドスタンド・プッシュアップでトレーニングし、体を深く沈み込ませる特別な平行棒でも同じことができた。この巨人は、体重がどれだけあってもキャリステニクスの障壁にならないことを万人に知らしめた。なにもかもが規格外だった。しかし、キャリステニクスに真剣に取り組んでいたヘップバーンが、筋肉に取り憑かれたり、のろまになったりすることはなかった。現代のボディビルダーに欠けるのはこの姿勢だろう。

 自重力トレーニングの最後の偉大なチャンピオンは、おそらく「もっとも完璧に開発された男」アンジェロ・シチリアーノだろう。チャールズ・アトラスという名で知られる男だ。50年代と60年代に、コミック『ダイナミックテンション』コースを通販で数十万部売っている。それは、伝統的なキャリステニクスとアイソメトリックトレーニングを組み合わせたシステムだった。顔めがけて蹴られた砂を受け止めたくないなら、ウエイトではなくこれをトレーニングせよと読者に教えていた。

 しかし、彼は絶滅種の最後の一人になった。

The End of an Era
強者たちの黄昏

 20世紀の後半が進むにつれ、ここまで受け継がれてきたトレーニングシステムは下火になっていく。事実上、滅び始めていた。それは産業革命の直接的かつ必然的な結果と言える。産業革命後、人々の生活はテクノロジーに支配されていった。ほかの分野と同様、エクササイズや筋力トレーニングもそうだった。20世紀に顕著になった新しいトレーニング技術の爆発は、わたしたちのエクササイズに対するアプローチを変えていった。

 変化の中心にあったのは、プレートを足していくタイプのバーベルとダンベルだった。バーベルなどを使うフリーウエイトはすでに数世紀にわたって存在したが、20世紀型フリーウエイトは、英国のアスリートであるトーマス・インチがプレート積載型バーベルを発明した1900年代に始まる。まもなく、ケーブルマシンとウエイトスタックマシンが加わることになる。1970年代は、カムレバーがノーチラス(オウムガイ)の殻のような形をしているノーチラスマシンでほとんどの人がトレーニングした。ノーチラスジムもアメリカ全土に広がった。そしていまでは、世界中どこのジムに行っても、複雑で紛らわしい筋力マシンを置いていないところはない。バーベルやダンベルでさえ隅に追いやられている。ところで、自重力トレーニングは? チャールズ・アトラスのような革新的な自重力トレーニングの立役者たちは、20世紀と一緒に消えていく運命にあった。

The Difference Between “Old School” and “New School” Calisthenics
伝統的なキャリステニクスと現代的なキャリステニクス

 テクノロジーが、ごく短い期間でエクササイズのやり方を劇的に変えてしまった。その過程で、わたしたちはとても大切ななにかを失った。何千年もの間―それは人間の歴史のほとんどだが―大きく強くなりたい男たちが、自分の体重を使って自らを鍛え上げてきたものだ。トレーニングに関する知識と洗練された哲学から成る、その優れたシステムは、世代を超えて伝わってきた。深い感銘をもたらし、筋力とパワーの基礎となり、知的で先進的でもあるその方法は、何世紀もの試行錯誤の産物だ。この貴重な技術は、アスリートをどんどん強くするだけでなく、敏捷性、原動力、頑強さなどをその人のピークに導くように設計されている。それが、わたしが言うところのキャリステニクスだ。

 20世紀後半をバーベルとマシンが乗っ取り始めると、いにしえのトレーニング技術はやっかいものとみなされるようになった。現代的ではないというわけだ。新しいおもちゃとそのおもちゃを使ったトレーニングに目がくらみ、伝統的なシステムを使う人は少なくなっていった。

 そしていまでは、自重力トレーニングは、マシン、バーベル、ダンベルを使うウエイトトレーニングにほぼ完璧に置き換えられている。使われることが少なくなった伝統的な技術とシステムは、衰え、失われていくしかなかった。生き残ったのは、基本的な動作だけだった。専門家と呼ばれる人たちでさえ、キャリステニクスの初歩的な動作、つまりプッシュアップやスクワットなどしか知らないのが現状だ。物知りであれば、そこに、あまり効果的ではない上に哀れを誘うクランチを加える。それがキャリステニクスだと考えられている。小中学校の授業や虚弱体質者の体力向上に使われたり、ウォーミングアップとして使われたり、持久力を発達させるために使われるこれらのエクササイズは、いにしえのキャリステニクスとは似ても似つかぬものだ。現代的キャリステニクスと呼んで区別したほうがいいだろう。非人間的なパワーと筋力を発達させるために設計されたトレーニングシステムはほとんど滅んでしまったのだ。

 この世から、ほとんど、だ。

The Role of Prisons in Preserving the Older Systems
監獄。いにしえの技術が生き残った場所

 いにしえのキャリステニクスが死ななかった場所が1か所だけあった。琥珀の中に閉じ込められた古代の昆虫のように、伝統的なシステムが完全に保存されていた場所、それが監獄だ。

 理由は明白だ。伝統的なキャリステニクスを滅ぼしたトレーニング技術の革命が、監獄まで及ばなかったからだ。あるいは、かなり遅れて及んだからだ。50年代と60年代に猛威を振るったバーベルとダンベル中心のジムは、監獄には無縁だった。原始的なウエイト場さえ70年代後半までなかった。70年代と80年代のジムに「なくてはならない」マシンも、監獄内のジムではほとんど見かけることがなかった。

 20世紀の筋力トレーニングの世界がすさまじい「近代化」を経験している頃、監獄は、その嵐から身を守るテントになった。ジムに滅ぼされたいにしえの技術は、目新しいマシンが産み出す利益とは無縁の監獄内で生き続けていた。18~19世紀に投獄された自重力トレーニングを知る体操選手、サーカスのパフォーマー、ストロングマンたちが、その知識を他の受刑者に伝え、それが生き残っていた。キャリステニクスの知識は、頭上にある鉄のバーと冷たい床以外に鍛える場所がない監獄で、金塊と同じ価値を持つ。当時の監獄は、いまよりはるかに暴力的な世界であり、強く、機敏であることが不可欠だったのだ。

 昔は、殴打やむごい仕打ちによるきしみ音が毎日聞こえ、囚人同士で殺しあい、重傷を負わせあうのが日常だった。強くなるために監房でトレーニングを重ねた男だけが、文字通り、サバイバルできた。彼らは、脇目も振らず、猛烈にトレーニングした。パワーを持っているかどうかが生死を分かつからだ! その意味で、この時代の囚人たちは、レオニダス率いる26世紀前のスパルタ人と変わりはしない。自らのパワーに頼ることで生き残ろうとし、キャリステニクスをトレーニングすることで、そのパワーを引き出していたからだ。

The Origin of Convict Conditioning
コンビクト・コンディショニングの起源

 今日も、世界中の囚人が、伝統的なキャリステニクスを使ってトレーニングを続けている。監獄内にいた20年近い間、わたしの興味は、筋力づくりと健康の維持以外なかった。ほどなくして、その対象は、自重力トレーニング、つまりキャリステニクスに対する執念に変わっていった。それから数年経って、初めて、このエクササイズの本質と価値を理解し始めた。いにしえのキャリステニクスの「秘密の歴史」を知り、その保存を担った監獄の役割をつなぎ合わせるのに、さらに数年を要した。

 暇さえあれば、さまざまなトレーニングシステムやエクササイズ、わずかな器具か、まったく器具なしで肉体を進化させる方法について書かれた本を読んでいた。手にできるものはすべてだ。さらに、強く、運動能力を持つ囚人が、毎日、体重だけを使ってどうトレーニングしているかを観察し続けた。それは何百例にもなった。彼らには、オリンピック選手さながらの強さと健全な体があった。しかし、彼らには監獄に入ったいきさつがある。また、監獄を出てからの社会的な地位も低くなりがちで、そのトレーニング法を実際に見たり、雑誌で読んだりすることは難しいだろう。わたしは、彼らがなにをなしうるかを実際に見てきたし、彼らと、そのトレーニング法について深い議論をしてきた。その中には、身体文化の第二黄金時代を生きた強靭な男たちに鍛えられた者を知る老人もいた。そういった年老いた囚人たちと友だちになり、長い時間を過ごせたことを光栄に思っている。年老いた囚人たちは、古い時代のストロングマンに会い、理論を聞き、どのように運動したらよいかを知っていた。彼らの指導のもと、わたしは、体が痛み、手の皮が剥けて血が流れるまで、昼も夜も容赦なく自分を鍛え抜いた。数多くのアスリートの指導を受けることで、自重力トレーニングに関する知識をさらに深めることができた。

 いにしえのキャリステニクスをいま生きているだれよりも理解すること。わたしはそれを自分の仕事にした。監獄で学んだすべてのトレーニングシステムから最高のアイデアやテクニックを抽出し、長い時間をかけて何十冊ものノートに書き出し、究極のキャリステニクスを開発した。それは、強大なパワー、敏捷性、フィットネスを身につける方法であり、特別な装置を必要とせず、最小限の時間でできる、きわめてシンプルな方法だ。

 この本で紹介するシステムは、ベスト中のベストだ。それは、コンビクト・コンディショニングとして知られるシステムであり、この本の主題にもなっている。しかし、その名称と起源とは異なり、コンビクト・コンディショニングは囚人だけのものではない。どこまでも強くありたい、良い健康状態を維持したいと願うどんな人にも効果がある方法だからだ。

Lights Out!
消灯!

 鉄格子の外にいる人たちと、監獄でいまも行われている自重力プログラムについて話すと、熱意の波にいつも出会う。男たちはそれについて聞くのが好きなのだ。熱心な議論の後、リフターやアスリートは、真剣なまなざしで自重力トレーニングを習得するために身を捧げたいと宣言する。しかし、数週間が過ぎても、彼らがキャリステニクスを試みる気配はない。マシンとフリーウエイトができるジムに戻っていき、だれもがやっている非効率的なルーチンから離れようとはしないのだ。

 責める気にはならない。人々は、だれもやっていないような、きわめて個性的なトレーニング法に自分を適応させるのは難しいと感じるものだ。ほとんどのトレーニーに必要なのは、心理的にキャリステニクスにエネルギーを投入したくなるリアリティだ。非生産的で、費用がかかり、ダメージを与える可能性があるトレーニング法と、〝いにしえの技術〟でありながら、未来を切り拓いていく、生産的で、自由度が高く、安全でもある革新的な自重力トレーニングの違いを知る必要がある。

 次の章では、キャリステニクスと現代的なトレーニング法の違いについて説明したい。