トップ > ニュース > それは誰にも教えたくないほどあなたの仕事に役立つ63のエピソード。「誤った方針=誤った解決」篇

ニュースニュース一覧

それは誰にも教えたくないほどあなたの仕事に役立つ63のエピソード。「誤った方針=誤った解決」篇

predatory_obi-thumb-180xauto-1328.jpg

 
南北アメリカ大陸を結ぶ陸地の最も狭い場所、それがパナマ地峡だ。
その幅はわずか50マイルほど。
だが、その50マイルが大西洋と太平洋を隔てていた。
おかげで船舶はまず、延々と南へ航海しなければならなかった。
それから嵐が吹き荒れる南アメリカ最南端のホーン岬を回る。
それから針路を北へ取り、また延々と航海する。
ならば、パナマに運河を掘ればいいとの構想が浮上したのは当然だ。
難しいことではないと、フランス人は考えた。
折しも、フランス主導でエジプトに2倍の長さの運河を建設した直後だった。
あのスエズ運河だ。
長さが半分なら、難易度も半分だろうとフランス人は判断した。
1880年、スエズ運河を開通させたフェルディナン・ド・レセップスが建設に乗り出した。
だが、難易度は半分ではなかった。
何倍も何倍も難しかった。
作業員がマラリアでばたばたと死に始めたが、そんなことはエジプトでは起こらなかった。
エジプトは砂漠地帯で、パナマは密林地帯。
だからパナマには、そこらじゅうにエジプトよりはるかに多くの虫がいた。
虫がマラリアを媒介するのは明らか、従って解決の方針も明らかだった。
虫がベッドへ這い上って、寝ている者を噛むのを阻止すればいい。
素晴らしい方策が編み出された。
虫は水面を這うことができないのだから、水をバリアにしよう。
作業員のテントや小屋の周りに溝が掘られ、そこに水が張られた。
病院では、それぞれのベッドの脚元に水を入れた皿を置いた。
結果は出た。
溝も皿も毎朝、溺れ死んだ虫でいっぱいになっていた。
なのに、作業員は相変わらずマラリアで死ぬ……なぜ?
理屈が通らない話だった。
マラリア対策の方針は、虫がテントに這い入り、ベッドへ這い上るのを阻止すること。
それを実行したのに。
マラリアを媒介するのが虫ではないなら、いかにマラリアと戦うのか。
答えは「戦えない」だった。
フランス人は運河建設を諦める羽目になった。
着工から13年後の1893年、死者2万2000人を出したあとで、彼らは撤退した。
フランス人はある事実を認めることができなかったー方針が間違っていたのだ。
確かにマラリアを媒介するのは虫だ。
ただし、這う虫ではない。
飛ぶ虫。蚊だ。
蚊が皿や溝の中の水に溺れて死ぬことはない。
それどころか、蚊は溜まり水で繁殖する。
水を張った溝や皿は繁殖にぴったりの場所だった。
フランス人は問題を解決できないばかりか悪化させた。
彼らは方針に疑問を抱かなかった。
方針が有効でないとわかると諦めた。
アメリカ人のやり方は違った。
アメリカ人は方針を絶対視しない。
解決策に効果がないなら、方針が間違っている可能性がある。
だからアメリカ人は異なる方針を採用した。
解決すべき問題は這う虫ではない。
問題は蚊だ。
1904年、アメリカは行動を開始した。
運河の建設ではない。
まず取りかかったのは蚊対策だ。
彼らは野営地から半径200ヤード以内にある水たまりの水を抜いた。
抜けない場合は油を注いだ。
油で不十分な場合は石炭酸や苛性ソーダを注ぎ込んだ。
運河予定地の付近にいる蚊を徹底退治した。
万全を期して、すべての建物やベッドの周りに蚊帳も張った。
睡眠中に一匹の蚊も入ってこないように。
パナマ運河が開通したのは1914年。
予定より2年早かった。
アメリカ人は10年で完成させた。
フランス人は13年かけて失敗し、諦めた。
何が彼らの命運を分けたのか。
間違った方針から、正しい解決策は生まれない。